MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

目の前にある少数派<マイノリティー>の経験を見逃さない

感受性が鈍いと思っていた。フィクションの映画や小説で泣いたこともない。味方だと思えない人に対しては、共感できず、バッサリと切り捨ててしまうこともある。大災害が起きたときは、さすがに人の生命や財産が失われたことには悲しみを覚えるし、繰り返してはならないと思う。けれど、被災せずとも生活を変えたり、絆や地域の価値が見直したりした人も大勢いるはずなのに、わたしは結局何もしていないし、何かをやるつもりもなかった。

 

あまり他人に関心がないのかなと悩んでいたが、感受性の向きが違うだけだと最近になって気づいた。目の前に相手がいるとき、かつ相手が社会的に少数派だと思ったときに心を動かせられる。

 

例えば、大学進学を目指すある高校生と出会ったとき。雑談の中で、多くの食物アレルギーを持っていることを教えてくれた。アレルギーがあり、コンビニや外食を使えないため、弁当を持たせてくれる実家から通える範囲で大学を探しているという。あっけらかんと話してくれたが、何と答えていいのか分からなかった。 偏差値と学費、都会か地方かぐらいしか大学の選び方を知らなかったことが恥ずかしかった。

 

それから、食物アレルギーについて真剣に考えるようになった。アレルギーは時として生命に関わる事態を引き起こしうること、食物アレルギーの割合が増えていることを知り、スーパーやレストランでもアレルギー表示が欠かさず記されていることに気づいた。小麦粉アレルギーでも食べられるパンや卵アレルギーでも食べられるケーキを作るお店の情報もいつしか知るようになっていた。

 

大学の選び方についても、家庭の事情、本人や周囲の価値観、病気など、考えてもみれば色んな基準が存在する。浅はかだったなと思う。それは、別に「かわいそう」とか「助けたい」という話ではない。ただ、経験してきたもの、見えている世界が違うことに、<多数派>である私が気づいていなかったということだ。本当は気づいていたが、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。食物アレルギーが存在すること自体は知識として知っていたが、現実を目の前で「告発」されたことで自分に関係のあることして初めて捉えられた。

 

他にも民族や人種のマイノリティーの問題に関心を向けるようになった出来事がある。社会人も交えた勉強会で知り合ったその人は在日朝鮮人3世だと自己紹介してくれた。外交や歴史を語るような場でもなかったので、特に意識することもなく、なぜか気にかけてくれる単に優しい人だなあという印象でしかなかった。ある時、他の人が日本人や日本国民という言葉を使って、意見を述べたことがあった。何てことはなく、意味としては日本に住んでいる私たちというニュアンスで、差別的な意図はなかった。その人が初参加で、その場に集まっている人のルーツなんて知る由もないのだから、日本で行われ日本語で会話される空間において、私たち=日本人・日本国民と語ることに違和感を覚えなかった。すると、しばらくしてから在日3世の方が先ほどの発言について言及した。口調はやんわりとして、穏やかなものだったが、自らのルーツを考えると日本人や日本国民、(彼ら彼女らの住む)日本という言葉が使われる度に、自分たちが除外されているような感じを抱くと言っていた。また、東京オリンピックに向けて盛り上がりを見せていた頃だったので、 日本人や日本という言葉、概念が熱狂のうちに強調される度に、怖さを感じるという。個別の歴史や外交問題については意見が分かれたとしても、ここにいる人は皆日本生まれ日本育ちで両親が日本人であるという前提を、少なくとも私が、暗黙のうちに受け入れていたことを突かれた気分だった。

 

だからといって、あらゆる感情や主張を全て正しいと肯定する必要もないと思うが、同質な人々しか想像できず、少数派に無頓着だったことには違いない。それから、外国にルーツがあったり、複雑なバックグラウンドを持っていたりする人が常にいるかもしれないと思い、決めつけないようになった。言葉については、他に妥当な表現が見つからないものの、長々しくても言い換えることもある。これも一つの出会いから大きく変わった例だ。

 

アレルギーにしても民族的なマイノリティーにしても一過性の出来事として片付けて、特に考えることなく、忘れてしまうことも出来たはずだ。もしくは、別の解決策を示したり、反論したりといった手段もとれるかもしれない。全ての主張を受け入れることは出来ないし、そこまで行くと自分の意思を失っているように思える。それでも、第三者として安全な立場から見過ごすことは嫌だったし、ずっと気になって離れなかった。正義感といえば、チープに聞こえるし、こんなことを書く地点で偽善者かつ自己満足なのかもしれないけれど、同じ経験をした人が全員同じように感じないとすれば、これも感受性の一つの形だと思う。

 

他にもたくさんの例があって、友人に精神障害があることを知ったときは、ちゃんとしてほしいと思うだけで無理解だったことを恥じたし、冗談でも病気をネタにすることはなくなった。不登校の人もリストカットした人も離婚した人もクリスチャンも身近にたくさんいる。

 

年末年始はホームレスの人をみかけることが多かった。思えば、大学周辺でも『BIG ISSUE』という雑誌を路上で売っている人がいる。荷車を引いてアルミ缶を集めている人がいる。今そこに確かに存在しているのに、見てみないふりをしていただけだった。それから、ネットで調べてみると、年末年始は役所が閉まるので、日雇いの仕事の斡旋や生活の支援が受けられず、ゴミの収集もないので換金できるアルミ缶の回収も出来ないと書かれていた。それで、各地域の公園に集まって、活動家の人たちが集団で炊き出しや衣服の配布を行っているという。今度は、炊き出しのボランティアに行ってみようと思っている。


学生のうちに、何でも経験しようとよく言われる。だけど、私にはお金も体力もそんなにない。行動力のある人たちと、どんどん経験の差が開いていくことを恐れていた。それなら、目の前の小さな世界から経験を見つける力を鍛えたい。足踏みしていてもいいから、今いるところから懸命に周囲を見渡せばいい。そして、余裕ができたら、こぼれおちる砂粒を一つも見逃そうとしない視野で広い世界を捉えて、経験も積みたい。