MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

幸せになってほしいではなく幸せにしてほしい

 幸せになってほしいと応援してもらえることはありがたい。そう言ってもらえるだけでも感謝している。けれど、その気になれば、幸せにできる力があるのに、どうして手を差し伸べてくれないのだろう。

 

 他人の幸福を応援する謙虚さなんていらなくて、私があなたを今よりずっと楽しくさせてあげるという根拠のない自信と傲慢さに振り回されてもいいと思っているのに、思いは通じない。

 

 ありがたいことに、孤独の中にも、応援してくれたり支えたりしてくれる人はいる。しかし、そのことにうれしくなって、身を任せたくなって、全体重で寄りかかると、そこまでの責任は負えないと逃げていく。私の身勝手なわがままなのは分かっている。それでも、蜘蛛の糸でもすがってみたいと思うのは、おかしなことなのだろうか。

 

 そうして過剰な期待を抱くあまり、傷つくことは繰り返したくないし、面倒に思われて、一縷の希望さえ抱けなくなることもいやだ。願望と要求だけが積み重なり、せっかく関わってくれた人に、不満の清算を迫るだけでは、明るい未来へとつながる道は見えてこない。そのことに気づき始めたところで、何の行動も起こせていないし、いつもと同じようなことを繰り返しているだけだが、身をもって自覚した分、ここから抜け出せる時はそう遠くないのかもしれないと希望論で締めくくっておきたい。