MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

六月の空を見上げて 

寒い。 

外ではミンミンゼミが鳴いている。 

冷房が吐き出す風を恨ましく思って、羽織れるものでも持ってこればよかったと気付く。が、どうしようもないので、授業が終わるのを待つ。やっと寒さから解放されて、教室を後にすると、今度は容赦のない直射日光に襲われる。数分と経たずして、汗が流れる。 

 

30度を超えるような屋外と冷房の効いた室内とを行き来するのに適した服装なんて存在しないんじゃないか。というか、どんな服装でも炎天下には耐えられない。せめてもの癒しにと、冷たい水ばかりを飲んでいると、体調を崩してしまうし、やっぱり夏は好きになれない。 

 

そんなことを思いながら、キャンパス内を所在なく歩く。なんとなく、高いところを探してみたくなった。意識して歩いてみると、簡単に越えられそうな外階段が目に付く。別にいますぐどうこうするわけじゃないけれど、覚えておこうという気持ちになる。 

 

去年の6月は、駅まで歩くだけで視界が白く霞んでしまうほど体調が悪かった。電車でも席を譲ってもらっていた。いったん入院して休養をとることも勧められた。去年1年間の中で最も大変な月だった。 

 

来年の今頃には、今年の6月をどんな言葉で振り返っているのだろう。 

以前よりは心穏やかな時間が増え、少し先の未来なら期待して過ごせるようになった。周りの状況に振り回されずに、自立できるようになってきたということかもしれない。でも、振り返る時には「依存先の乗り換え」の月と言われるだろうと思う。 

 

小児科医の熊谷先生によれば、「自立とは依存先の分散である」「希望とは、絶望を分かち合うこと」という。それでも、誰かひとりを絶対的に頼ることは安心感があるし、これまでは何の問題もなかった。けれど、友人は救世主でも神様でもないのだから、一方的な依存はすれ違いを生み、振り回し、振り回され、お互いを深く傷つけてしまった。 

 

だから、いろんな場所に居場所をつくり、さまざまな人と話せるようにすることを目指そうと思ったのが、先月の中旬くらいの出来事だ。多人数がいるところでは、うまくしゃべれないから、勇気を出してご飯に誘ってみたり、自分の内面を開示してみたり、出来る範囲で新たな人間関係を築いていった。 

 

特に、今年に入ってから知り合ったある友人と仲良くなった。こうやって、信じられる人を増やしていくことは、私にとっても、関わる人にとっても、いいことなのだろう。

 

しゃべっていて楽しいし、相手のことも知りたいし、自分のことも話したい。そんな相手が出来たことは、本当に久しぶりだったから、もっと仲良くなりたいと望み、その望みは叶った。 

 

そして、人間関係を広げる試みは、結局のところ惨めな疎外感を覚えたので、元の殻に戻り、最後に残ったのは、新たな、だけど大切な、その友人だった。 

 

依存していることは自分でも分かっている。けれど、その前の数か月に比べれば、明らかに楽しい日々を送れている。今度こそは、破綻することなく関係を続けていけるはずだと何の根拠もなく思っている。 

 

見捨てられる不安がないわけじゃない。そういう時は、今の気持ちをlineのメッセージで送り付け、自分の存在を認めてくれるメッセージが返ってきて、安堵する。もし、辛いことがあったとしても、話を聞いてくれる人が必ずいると思えることが、どれだけ自分を強くするだろう。この幸福を享受することぐらい、許されている気がする。 

 

この六月が、ピークではなくスタートラインであってほしい。 

悲しみの雨はいらないから、うんざりとするほどの快晴を見せてほしい。 

もっともはやい梅雨明けの六月の空は、私をみて、何を思っているのだろうか。