MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

五月祭までの距離

    昨日まで五月祭(東大の学園祭)が開かれていた。毎年、10万人を超える人々が訪れるらしい。それだけ多くの人を楽しませることは簡単なことではないし、決して大学のネームバリューだけでは成し遂げられない。たった2日間のお祭りのために、舞台裏で積み上げられてきた努力は美しく、敬意が払われて当然のものだろう。ましてや、外野から無責任な文句を言うことなんてあまりに見苦しい。もし楽しくないと感じるのなら、行かなければいいだけの話で、だから今年も行かなかった。

 

 大学生になるまでは、学園祭に憧れていた時もあった。模擬店のちょっと強引な客引き、真面目な学術系の展示、アニメ雑誌を読むだけのマニアックなサークル、テレビ局の取材、有名人のライブや講演、すべてが非日常で自由な雰囲気に満ちていたし、広大なキャンパスを歩くだけでも、大学生活への期待を膨らませてくれるものだった。

 

 それだけ楽しんでいた学園祭を、楽しいと思えなくなった理由はいくつかある。1つには、学園祭を作る側になったことで、未知の世界に対するわくわくする気持ちがなくなってしまったことがある。キャンパスは別に目新しいものでもないし、名前を初めて聞くようなサークルもなく、大学にいれば何もせずに幸福が舞い込んでくるほど甘くないことも分かっている。現実は現実であって、それ以上でもそれ以下でもない。想像は妄想でしかなかったことに気づいたことで、過剰な期待が打ち消されてしまった。

 

 五月祭については、1年生の時に出店した模擬店での苦い思い出もある。1年生は、語学のクラスごとに、模擬店を出店するのが恒例となっているらしく、私のクラスも当然のように模擬店を出すことになっていた。クラスの中から、模擬店運営を主導するメンバーを立候補で選ばれて、その人たちが中心となって準備が進められた。もうその時には、表面的なつながりに何の意味があるのだろうと思っていたけれど、あえて水を差す理由もなかったので、特段かかわることもないまま、五月祭までの日々を過ごしていた。

 

 けれど、結局、模擬店には関わることになった。参加するとは一言も言っていなかったし、やりたい人がやればいいというスタンスだったが、クラス全員が参加することは暗黙の前提となっているようだった。前日の屋台設営の班分けと当日のシフトには、自分の名前が書かれていて、少し反感を覚えたが、わざわざ逆らうだけの勇気もなかった。

 

 運営の中核メンバーの指示に従って、特に仲良くない人と無償で労働をすることに、積極的な意味を見出せなかったものの、クラスの一員として与えられた役割は全うするのが筋だと感じていたので、準備や当日のシフトを怠ることはしなかった。しかし、中核メンバーから都合よく使われている感じがした上に、怒られたことで完全にやる気を失ってしまい、シフトが終わると、すぐに帰路についた。2日目に至っては、五月祭を一緒に巡ろうと言ってくれた人を制して、午前中のうちに帰ってしまった。

 

    五月祭に対するマイナスイメージは、この時の経験が尾を引いていると思う。もちろん、これは自己中心的な都合でしかないないのだが。他の人たちは、五月祭を楽しんで、クラスの絆も深まったみたいで、打ち上げではしゃいでいる写真がクラスLINEに流れる度に、疎外感を覚えた。

 

 しかし、それも数年前の話で、今や何も気にすることはない。多くの学外の人と同じように、純粋なお客さんとして楽しめる立場にあるのだから。そういうわけで、昨日は、五月祭が開催されている本郷キャンパスに向かった。が、大学のすぐ近くで、やっぱり行かないことに決めた。

 

 楽しそうな人たちであふれている中で、つまらないと感じてしまうことは、とても惨めだと思ったからだ。キャンパスに行けば、夢を膨らませた高校生や模擬店で盛り上がっている1年生たちもいるだろうし、インドア派の学生もツイッター経由のオフ会をしていると聞くし、みんながお祭りに浮かれた雰囲気の中で、一人であてもなく展示を見てまわる孤独に耐えられる自信がなかった。すっかり怖くなってしまったので、帰ることにした。

 

 こんなに近くまで来たのに、想像しただけで帰ってしまうなんて、どれだけ未熟なのだろうと思う。でも、嫌なことを事前に避けられたのなら悪いことではないし、いちいち自己嫌悪に浸っているわけにもいかない。斜に構えてるぐらいの方が自分らしいし、今日から始まる新たな一週間を、いつも通り生きていこうと思う。