MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

『セクシュアル・マイノリティーQ&A』の書評 役に立たない現実の厳しさ

 『セクシュアル・マイノリティーQ&A』という本がある。LGBTに理解のある法律家によって書かれたもので、一般の人でも法律に基づく正確な知識を提供するものだ。が、はっきり言ってしまえば、タイトルにあるように、役に立たなかった。断っておくと、この本はQ&A形式で、セクシュルマイノリティーが直面する問題を網羅して、専門家の回答が記されている。

 

 では、なぜ役に立たなかったと言わざるを得ないのか。それは、この本の著者たちに責任があるのではない。本質は、現在の法律では解決できない部分が多く、あてのない希望を未来に託すほかないという現実にある。以下では、Q&Aの中から一部を抜粋し、問題点を検討してみたい。

 

 まずは、本来の性別のトイレを使ってもよいかという質問が挙げられている。多目的トイレは設置数も多くはないし、車椅子の方などから見れば、ある意味、本来の使用者ではない人が使っていることで、注意を受けたという話も聞く。これに対して、「思わぬ誤解やトラブルが起こるかもしれないので、使う場面を考えた事前の対策や、周りの人の理解を求めることが大切です」との回答が載っている。そもそも利用を避けるか、理解を求めることが解決策ということだ。

 

 確かに、事前の承諾もなく使えばトラブルになりかねない。当事者側として切実な思いがあったとしても、理解を求めることは理に適っている。しかし、理解といっても、周囲の人が要望に応じなければならないという強制力はどこにも存在しない。きちんと話し合える環境ならばまだしも、門前払いされる可能性もある。そういったときに、対等な関係で話せるように求めることを、明確に支持する法的根拠はない。回答の末尾には、「着実に理解は広がっている」として希望論を謳っているが、法律が存在しないことには変わりない。(調べた限り、裁判で和解した例はあるようです。性自認に従ったトイレの使用を認める判決は見つかりませんでした。)

 

 次に、性同一性障害の人を性別限定のサービスから排除することが法に適っているのかという質問がある。これは、「契約自由の原則」として、一般的に契約は自由に結べるものであるから、企業が誰にサービスを提供するかは自由に選べるので、違法とはいえないと回答されている。著者が主張していることは、法律に基づいており、もっともなものだ。けれども、質問した人の立場からすれば、期待外れに思われるだろう。その上で、「性が多様だということを大切にし、1人ひとりを大切にする企業や店の方が、よい印象をもたらし、利用者や顧客が発展する、そういう社会をみんなで作っていきたいものです」と締めくくられている。それはベストな社会ではあるものの、何の証拠もないと言わざるを得ない。多様な性の人を包摂すれば、利益につながるというレトリックが前提となっているが、それは理想論ではないだろうか。同性限定のサービスが売りなのに、性同一性障害の人がいるのなら、使いたくないという人が出てきてもおかしくはない。また「みんな」で社会を作っていきたいとあるが、現状、社会を動かす力がないから、そういう状態になっているのであって、実現性が不透明な希望を述べているに過ぎない。

 

 また、他の文脈で、ホルモン療法や性別適合手術の費用が高いことについて、現在は何も措置がとられていないので、改善される必要性があるという記述がある。この記述自体は妥当であるものの、やはり何もサポートがないことには変わりなく、改善させる力もないことを露呈させているのではないだろうか。結局は、今のところは、何も出来ないという現実を突きつけて、希望的観測を述べる回答となってしまっている。

(現在では、特定の条件下において、手術への健康保険適用が決定されています。)

 

 一方で、当事者にとって有利な回答がされている項目もある。履歴書に戸籍上の性別を書かなければ犯罪になったり解雇されたりするのではという不安に対しては、犯罪にはならず、それだけを理由に解雇することは難しく、現実には起こりにくいとはっきり回答している。法律の専門家の知見とだけあって、大いに安心感を与えてくれるものだ。ただ、トラブルが起こる可能性があるとも付記されている。

 

 なお、これらは就職した後の話に限られる。就職をする前ならば、それを理由に落とされても検証のしようがないし、別の理由をこじつけて選考から弾くことも可能だ。完全に理解が進んでいるとは言えない現状では、トランスジェンダーを受け入れたくない企業があっても不思議ではない。この解決策としては、セクシュアル・マイノリティーにフレンドリーな職場を探すという方法が提示されている。実際に、「LGBT 就活」といったキーワードで検索してみると、ある程度は見つけることが出来る。けれども、企業の総数に比べると、絶対数が圧倒的に少ない。さらに、一口にLGBTフレンドリーといっても同性パートナーを福利厚生の対象にするといったLGBへの配慮だけに留まっているケースも相当数あり、トランスジェンダーの就活に理解があるとは限らず、ここでも、楽観的な方法が述べられているが、現実性の面で疑問が残る。

 

 トランスジェンダーについての質問は、他にもあり、全てを列挙するときりがないので、心の性別に従った制服を着ることに対する回答で最後にする。これも、戸籍上の性別記載と同様に、それだけを理由に解雇することは難しく、労働者の権利が保障されている。けれども、制服を着ること自体は、会社に納得してもらう必要があるとも書かれている。解説として、どうすれば納得されやすくなるかという方法が述べられているが、結局は会社の裁量次第という現実は変わらない。

 

 以上で検討してきたような回答は、LGBにも当てはまる。例えば、同性パートナーとの結婚式で慶弔休暇を取得できるかということには、会社と相談・交渉が必要という回答がされている。また、同性パートナーの緊急手術で、家族として合意できるかどうかについては、病院の対応次第としている。ここでは、2人が長年一緒に暮らしてきたことを説明して、医師に説得を試みる必要性が強調されている。どちらも、結局は相手次第で、それを強制する力はどこにも存在しないし、同意してもらえなければ、何の策も打ちようがないことを残酷にも表している。

 

 他にも、社会保険や葬儀、セクハラに該当しない範囲の差別的発言、カミングアウトに対する不利益など、全てが相手の裁量に委ねられており、法的に保護されていないという問題が通底している。記述からは、著者が現行法の範囲で出来ることを懸命に探し、なんとか希望を繋げようとしている意思が感じられるが、当事者が法律の前には、あまりにも無力であることは変わらない。

 

 この書籍は、法律の専門家が書いたものでありながら、当事者を保護するような回答を、法律を基に展開できておらず、現行の法体系ではどうしようもないという現実が読み取れる。回答が、むりやり希望を繋げる方向であるのはやや無責任だと思うが、最も問題なのは、法律や社会制度が当事者にニーズに追い付いていないことにある。法律の上では、セクシュアル・マイノリティーの困りごとが存在しないかのように扱われているといえるのではないだろうか。

 

 ただし、この本の記述自体は信憑性が非常に高く、また丁寧に分かりやすく説明されていることは強調しておきたい。特に、暴力、契約、財産に関することは、専門的見地から法律によって保護されることや手続きのやり方が明記されており、必要な人にとっては心強い参考になることは間違いない。以上で抽出した質問項目は、かなり恣意的なものであり、今の私にとって役に立たなかったというだけだ。他の人にとっては有益なものであるかもしれないし、再三繰り返しているように、問題の本質は、法の整備がされていない現実にある。著者の一人とお会いしたことがあるが、様々なマイノリティーに寄り添うことを信条として、献身的にお仕事に励まれているのが印象的だったことも注記しておく。

 

 巻末には、法律相談の連絡先リストもまとめられている。300ページに及ぶ書物を、一つの記事で全てを説明することは出来ないので、気になった方は、図書館や書店でちらっと読んでみて、真偽を確かめてください。