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不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

東大の入学式のちょっとネガティブな解説

 「東大 入学式」で検索すると、いかにも幸せそうなサイトばかり出てきて、一つくらいは外れたものがあってもいいんじゃないかと思うので、今回は入学式について書きます。

 

 東大の入学式は、基本的には4月12日に開催されます。東大新聞の記事によると、12日が東大の創立記念日であることが理由だそうです。なので、入学式よりも先に授業が始まるという奇妙なスケジュールになっています。

 

 入学式の日は、もちろん授業が休みになります。4月第1週の地点で、授業のつまらなさに絶望していた私にとっては、休みになってラッキーだと感じていたことを思い出します。オリ合宿(新歓合宿:詳しくは過去記事で)もそうですが、とことん最初からやる気のない大学生活を送っていたんだなと自分でもあきれてしまいます。

 

 さて、入学式は日本武道館で開かれます。このあたりはさすが東大といった感じですね。ただ会場の収容人数の関係で、1人の新入生につき付き添いは2名までしか認められていません。新入生だけでも3000人いますから、仕方のないことでしょうね。なので、家族親戚総出で入学式を見届けることはできません。

 

 入学式当日は、最寄りの九段下駅から武道館に向かいました。武道館の建物に入る前から、新入生と保護者であふれかえっていました。人の数もさることながら、東京大学入学式という看板の前や武道館の建物の入り口で記念撮影をする人が多く、歩くことのできる通路が狭くなってしまっていました。正面入り口に着くと、そのまま中に入りましたが、保護者は別の入り口から入場するようになっていました。その後は、係員の案内に従って通路をさくさくと進み、ステージの前に設置されたパイプ椅子に座りました。

 

 そして、いよいよ入学式が始まります。ステージ中央に演台、その隣にはスクリーンがあったと記憶しています。スクリーンでは、入学式の模様をカメラで撮影している映像と字幕が表示されていたので、総長の顔もじっくりと見ることができ、一言一句逃すことなく聞くことが出来ました。残念ながら、興味を持てる話ではありませんでしたし、特に印象に残っていることもありません。

 

ただ、総長や各学部長がアカデミックガウンというハリーポッターに出てきそうな衣装を着ていたことだけは、鮮明に覚えています。入学式において、唯一わくわくしたことといっても過言ではありません。

 

 それから、ツイッターで入学式の模様を盛んに実況中継している人が割といたということを後から知りました。トレンドで上位に入るほどの盛り上がりだったらしく、今でもまとめサイトで読むことが出来ます。個人的には、マナーとしては、いかがなものかと思う気持ちもありますが…。でも、当の本人たちは同期とツイッターで繋がりながら、同じ話題を楽しめたのでしょうから、そういう入学式の楽しみ方もあるのかもしれません。

 

 他には、応援部のパフォーマンスがあったことを記憶しています。エールを送ったり、応援歌を歌ったりしていました。その度に自己紹介をされるのですが、「○○高校出身」と述べた後に、一同が「名門!」と返す文化があるらしく、少し戸惑いました。応援歌も歌うというよりは声を枯らして叫ぶという感じで、面食らってしまうところもありました。

 

 そういうわけで、退屈と困惑をごちゃまぜにしたような入学式は幕を閉じました。こんなことを書いていますが、多くの場合、入学式が楽しいというのは、入学式自体の楽しさではなく、入学できたことに対する喜びによる所が大きいので、入学式の内容なんて偉い人がしゃべったり、みんなで歌を歌ったりと、どの大学でも大差ないと思います。後は、身もふたもない話ですが、入学式は喜ばしいものという先入観が大事な気もします。なので、どんな大学にしろ、もし入学式を控えている方がいるなら、この記事にとらわれずに楽しんでいただけたらと思います。

 

 では、以上が東大の入学式についてのちょっとネガティブな解説でした。

 

 と思ったのですが、書くべきだと思ったことがあるので、少しだけ続きます。個人的な話なので、スルーしていただいてもかまいません。

 

 高校を卒業してから知ったことですが、大学の入学式の服装はスーツが一般的だそうです。スーツは当然のことながら、メンズとレディースに分かれています。私にとって、これがとてもネックでした。セクシャリティーをオープンにしたのは、大学に入ってからなので、このときは誰にも話していませんでした。生物学的な性別で分けられるのが嫌だったので、上京してから1人でスーツを買うといったり、入学式に来ないように頼んだりしたのですが、結局、押し通せませんでした。そういう経緯があり、不本意な服装で入学式に参加させられる形となりました。また、機会があれば書きますが、私にとって親元を離れて上京すること、もっといえば東京大学を志望したことは、セクシャリティーを隠さずに自分らしく生きる選択肢を得るための手段でした。だからこそ、新たな生活のスタートラインの象徴ともいえる入学式で、自分の意志に反する服装を着させられることは、これまで以上に苦痛を感じました。数年も前のことなので、今更、後悔も未練もありませんが、当時の私にとっては受け入れがたいものだったのだと思います。けれども、今では、ほぼ誰にでもカミングアウトできているし、変わらずに接してくれる人も大勢いるので、そんなに悲観することはないよと、過去の私に伝えてあげたいですね。この記事を書いてみて、また一つ、過去の清算が出来て、気持ちが軽くなりました。以上、余談でした。