MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

孤独な長期休みと読書

 社会人になったら、今の生活も羨ましいものになるのだろうか。大学という場所は、勉強するところのわりに休みが多い。年末年始の休みが終わったと思えば、すぐに春休みがやってくる。前期を乗り切れば、長い夏休みが待っている。大学生の特権とでもいおうか。

 

 けれど、私はいつもこの時間を持て余してしまう。なんて贅沢な悩みだと言われることは承知している。それでも、長期休みは孤独で耐え難いものなのだ。予定がないわけではない。数少ない友達と過ごす時間もある。しかし、それも1週間に数時間程度だ。残りは、ずっと自由な時間だ。どうしようもないので、図書館で本を読んでいる。おかげで、知識は身に付いた。が、それがどうしたというのだろう。世の中には、本を読まずとも、楽しく過ごしている人はたくさんいる。

 

 アルバイトをすることも考えた。心身ともに元気であれば、ぜひ働きたいとは思っている。これは言い訳になるが、バイトをするとすぐに精神状態が悪化し、被害妄想が激しくなるので、あまり気が進まない。単発のバイトを時々やってみるが、それだけで疲れ切ってしまうし、長い休みを乗り切るほど働けるわけではない。これも言い訳だが。

 

 もし、日本中の大学生が同じ状況なら、こんなに悲壮感を抱えることもなかったと思う。しかし、私の観測する範囲では、みんなバイトに遊びにと授業期間以上に忙しそうにしている。せっかくの休みだから、一日かけて、街歩きするのも悪くないなと思って声をかけると、晩ご飯はすでに先約があると言われる。予定を合わせるのも、相手は日程を細かく提示してくれるのに、私は一週間単位で空いていて、なんだか恥ずかしくなってくる。だから、最近は相手の人に都合のいい日程に合わせるよと言って、自分のスケジュールを明かさないようにしている。こんなささやかな努力で、臆病な自尊心を守っている。

 

 自分のために断っておくと、毎日、本を読んで、ブログに載せる文章を書く生活は悪くない。勉強になるし、反応がもらえるから楽しい。けれど、何か足りない。周りの人と同じように生きてみたい。同じ体験をしてみたい。私は特殊な人間でも何でもないのだ。普通の人間だから、普通の体験がしたい。それは、叶わない願いなんだろうか。精神的に問題を抱える人の体験談を読んで、共感する日々。やっぱり私には、普通に生きることは難しいのだろうか。

 

 長期休みに一人で過ごすのは、精神衛生によくないとニュースサイトで見かけた。だからといって、どうすればよいのかもわからない。みんな忙しいから、私にだけ構うわけにはいかないのだから。こんな風にふてくされるのも、よくないのだろう。

 

 その分、本は救いだ。エッセイも読むし、新書も読むし、専門書も読む。孤独に生きていても、いろんなことを知れる。友達は多くないけれど、歴史上の人物をたくさん知ることが出来る。親鸞だったら、今の私にどんな言葉をかけてくれるだろうか。想像力がかきたてられる。お酒に逃げて、現実から目を背けるろくでもないやつでも、救ってくれる人はいるのだろうか。

 

 そうやって希望を繋げていくうちに、幸福が舞い込んでくるかもしれない。ばかなポジティブ思考でも、生きているだけいいことだと思う。明日は明日の風が吹く。今の私は、確かに寂しさを感じている。理想とのギャップに泣きそうになる日々を紡いでいる。それでも、それでも、これで終わりにしたくない。諦めたくない。少しでも、満足できる日を送りたい。それまでは、生きるしかないのだ。弱音を吐いても、未来への意思だけは忘れない。たとえ孤独でも生きていく。生きている限り、新しい日はやってくるのだから。