MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

友だちとはたまに会うぐらいでいい

 中国の兵法書の中に、「遠交近攻」というものがある。遠くの国とは協調し、近くの国を攻めるという外交方針だ。遠くの相手と手を組んで、近くの国を滅ぼせば、自国の支配領域を無理なく広げられるという意味だ。

 

 私の人間関係は「遠交近攻」なのかもしれない。毎週会うような人とはいさかいが絶えない。最初は仲良くできていたのに、サークルの運営やくだらない派閥争いで対立し、お互いに嫌いあうようになる。でも、1年に1回か2回会える程度の地方の友だちとは、うまくやれることが多い。一度会って、数時間ほど一緒にご飯を食べれば、次に会うのは早くても半年後、場合によっては数年後になることもある。それでも、不思議と疎遠にはならない。

 

 たまにしか会わないのだから、性格や普段なにを考えているのかまで、細かく知ることは出来ない。もしかすると、表面的なことだけしか知らないのかもしれない。私も相手もお互いの本性が分からないまま、付き合っているのかもしれない。けれど、たとえ短い間だとしても、その人のもつ特性というのは偽れるものではなく、惹かれあうものがあるのは事実だと思う。

 

 それは、近くにいる人にも当てはまることだ。よほどのことがない限り、初めのうちは、みんなよい人にみえるし、根っからの悪人はそうそういない。ただ、長時間も一緒にいると、だんだん欠点にも気づいてしまう。その欠点が原因で、自分が害を被ることもある。人間には長所もあれば短所もあるのが当たり前で、迷惑をかけられることもあれば、自分がかけることもあり、お互い様だ。しかし、自分が正しいと思っていると、一方的に損をしているように感じ、欠点が目に付くようになる。そして、相手が間違っているという前提をもとに、粗探しをする。ここまでくると、嫌いになるまで一直線だ。

 

 遠いところばかりに気が合う人がいるわけではない。たまにしか会えないから、会うのが楽しみになり、無意識のうちに相手のことを良くみようとしているから、一緒にいて楽しいと思っているだけだ。近くにいる人でも、その人のことをよく見ようと思えば、嫌いにはならなかったと思う。完璧で文句のつけようがない人など、存在しないのだから。

 

 逆に言えば、少し距離をとることで、関係が改善されるのかもしれない。頻繁に会えば、その時間の貴重さも失われて、会えること自体のよろこびが少なくなる。親しくなりすぎると、相手に求めるものが大きくなり、失望することが多くなる。だから、私にとって、たまに会うぐらいの方が、うまくいくのだろう。そして、何より、相手を好意的に見ようとする気持ちこそが、人間関係を維持するのに必要なことなのだと思う。