MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

オリ合宿の憂鬱

     東大では、入学してすぐに語学のクラス単位で合宿がある。合宿といっても旅行であり、上級生や同じ新入生と仲良くなれるイベントとして知られる。参加は自由なもののほとんどの新入生が友だちづくりを目的に参加する。授業が始まる前からつながりができるし、大方の人にとっては楽しいのだと思う。

 

     私はといえば、例によって例のごとく見知らぬ人と一緒に泊まるなんて気が進まず、参加しないでおこうと思っていた。が、上級生との顔合わせの時にとても愛想よくしてもらい、授業や進路のことについてアドバイスをもらったことで、気分がよくなり、参加するかとにした。また、せっかくなら友だちを作ってみたいと期待する気持ちもあった。

 

     当日の朝、駒場キャンパスの正門に集合し、合宿代の15000円を支払い、バスに乗り込んだ。自分から動くことが大事だと思ったので、さっそく隣の人に話しかけてみた。すると、高校時代のことや東京の地理についての話で盛り上がった。まだ友だちといえるほどの関係ではなかったが、嫌な気分はしなかった。

 

     目的地につくと、体育館でレクリエーションをした。ドッチボールとバスケットボールをした記憶がある。前にも書いたように、私はスポーツが得意ではないので、楽しさよりもチームの役に立てない申し訳さが上回っていた。東大生ともなれば、勉強してきた分、運動が苦手だと期待していたが、ここでも最下位レベルだった。

 

     入浴のあと、泊まる部屋に向かった。とても広かったので、10人ぐらいが同じ部屋にと泊まった。眠るまでには時間があったので、新入生同士しゃべったりトランプゲームをしたりして過ごした。私は大富豪のルールを知らず、その輪に入ることができなかった。会話も受験の話が多く、辟易してしまったし、何より自慢のように感じられた。かといって、提供できる話題があるわけでもなく、困った末にキャラづけして目立とうとするも、場を白けさせてしまうはめになった。反省してその後は聞き役に徹したものの、お金を払ってまで興味もない話を聞きに来たわけではないのにと思った。つまらなくなって、早々に寝ることにした。翌朝、何人かが午前4時まで起きてトランプに興じていたことをしり、本当のところは羨ましかった。

 

     この後の記憶がなく、バスが東大に帰る道すがらにパーキングエリアで長めの休憩をとったことだけを覚えている。パーキングエリアにはレストランやショッピングセンターが併設されており、他の人は仲良くなった友だちと館内を巡っていた。一方の私はというと、誰とも打ち解けずに一人であてもなくぶらついていた。時間をもて余して、カフェで紅茶を飲みながら、ひたすらツイッターを眺めていたことを思い出す。クラスメイトはなんとなく顔が分かったので、見かければお互い軽く会釈するものの、それ以上の関係ではなかった。帰りのバスは隣に人がいたかすら覚えていない。

 

     バスは東大に着き、上級生の締めの挨拶のあと、解散した。一人で家に帰ると、疲れからかすぐに横になった。この2日間は何だったのだろうかという思いが込み上げてきた。期待せず最初から参加していなければ、こんな惨めな思いをすることはなかったのにと自らの選択を恥じた。そのころ、クラスのラインには合宿中の写真が次々にあげられていた。みんな笑顔なのに、どうして自分だけがその中に入れなかったのかと思った。人間的に欠陥があるから、誰も仲良くしてくれないのかと自分を哀れんだ。

 

     授業が始まると、何人かと世間話をするくらいの関係にはなった。行きのバスで話してくれた人が他の人との会話に入れてくれることもあった。その点では参加してよかったといえるが、お金と時間に見合うだけの価値があったのかというと首をかしげてしまう。楽しめる人にとっては楽しいイベントなのだろうけれど私には向いていなかったのかもしれない。結局、その人たちとも次第に疎遠になり、いよいよ得たものが1つもなくなった。

 

     今も学内にはしゃべれる友だちはほとんどいない。寂しくて孤独を感じることもよくある。それでも、友だちを作らなきゃと強迫観念にかられていた当時よりは気持ちが軽い。それから、自分本位で被害者意識をむきだしにするのは、やめようと思った。辛くなったときは、そういう風に考えるのは仕方がない。けれど、終わってしまったことに「もし……だったら」と後悔しても、何も生まれない。それなら、今ここからどうすればよいか考えたい。オリ合宿で得られたものがあるとするなら、この教訓である。あれから何年も経ってしまったが、遅すぎることはないだろう。