MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。双極性障害で東大在学中です。

大学の文化祭に行かないという選択

 大学の文化祭は行かなくても誰にも怒られないし、自由に休める。一人で行くのもつまらないし、だいいちテンションについていけないので、ムリに頑張って行く必要もなかった。

 

 サークルで模擬店を出していた事があり、その時は参加していたが、やはり出来るだけ関わりたくない。みんなで一つのことをするには争いがつきものだし、予期せぬトラブルも起こる。それを成長と捉えることも出来るけれど、余分な苦労はしなくてよいと思う。

 

 高校の時から冷めた見方をしていたかというと、そうではなかった。劇や展示に熱中し、文化祭当日はシフトを一日中入れていた。昼食も休憩もとらないほど夢中だった。メンバーの一員としてのアイデンティを感じていたし、自分がいなければ回らないという自負があった。

 

 大学の文化祭では、主体性がなくなり、責任者の人から言われたことをやるだけになった。帰属意識も希薄で、中核メンバーのために自分の時間を捧げている感覚がした。実際、重い荷物を運ぶ仕事を押し付けられたり、説明をしてもらえなかったりと、一体感に欠けていた。動かされる側になって、全体を動かすことの難しさを学んだ、

 

 それから次第に距離を置くようになり、学年が上がったのもあり、今や文化祭に関わらなくなった。もし、大学入学からやり直せるとしたら、名簿に名前を載せることすらせず、文化祭には参加しない道を選ぶ。変に気を使って、気の進まない奉仕をするぐらいなら、少し自己中心的と言われてでも、最初から関わらない方がよかったのではないかと思う。普段、仲良くできるかと一緒に何かを協力してやれるかは全く別の事であり、文化祭に関わらずともサークルやクラスに居続ける方法はあったはずだ。

 

 やはり陳腐な結論だが、やりたいようにやればいいと感じた。馴染めないものは馴染めないし、やりたくないことはやりたくない。今はそれで許されるのだから。