MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

頑張れと言われ続けるのが辛かった その中で気づけたこと

 休学直前の1か月は、色んな人から頑張れと言われ続けた。何をやっても失敗してばかりで、自分の無能さに嫌気がさして、無気力になっていたころだ。頑張れはまだいい方で、叱られたり夜中まで話し合いをさせられたりもした。当時は、それも愛情があるから関わってくれているだけ有難いと思っていた。そして、全ての責任は頑張れない自分にあるのだと自責の念に駆られていた。

 

 休学という逃亡によって、関わっていた多くの人に迷惑をかけた。連絡を絶っていたので、どれだけ責められたかが分からないが、きっと怒り心頭だっただろう。そのことを想像するだけで、頑張れない自分自身に何より腹が立った。生きていても迷惑をかけるだけだから死にたいと思ったが、死んだとしても迷惑がかかるので死ねないという板挟みの状況だった。頑張れない怠惰な人間には丁度いい罰だった。

 

 頑張れという言葉は、元々嫌いだった。無責任で、ひたすら努力を求める過酷な言葉という印象があるからだ。他人に使うときは、「無理せず頑張ってね」とか「ほどほどに頑張って」と言うようにしていた。でも、私は「頑張れ」と修飾なしの命令形の言葉を浴びせられた。全力で頑張ることだけが求められていて、私の精神状態など気に留めてもらえていなかった。それでも、私は頑張れなかったのだ。

 期待を裏切り、見放され、多くのものを失った。もはや「頑張れ」と声をかけてくれる人すらいなくなっていた。誰からも必要とされず、役に立たない自分。文字通りのごくつぶし。こんな状態で未来を考えられるだけの余裕もなかった。後悔と懺悔が渦巻く現実に涙することしか出来なかった。

 

 けれど、誰からも期待されないことで肩の荷が下りた。もともと失望されているのだから、どんなことをしようと、これ以上に評価が下がることはないのだ。役立たずでも殺されることはないと思ったとき、もっと気楽に生きてよいことに気づいた。顔色を伺うのは、もう終わりにしよう。自らの手で自らを承認してあげよう。そんな風に考えられるようになり、だんだんと気持ちが軽くなっていた。

 

 今、頑張ることが求められる機会が無いわけではない。結果を残せば残すほど、期待は高まり、ハードルは上がっていく。頑張れなければ、信頼を失う。また見放されるのは、怖い。しかし、それも仕方のないことではないか。身の丈に合わない期待は下ろした方が楽になれる。無理に頑張るよりは、すべてを失ったときに残るものや人を大切にしたい。もちろん、自分のことが何よりも大事だ。そのことを忘れないことだけを頑張りたい。