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不器用ですが暇つぶしになれば。双極性障害で東大在学中です。

双極性障害2型と診断されるまで~中編~

 双極性障害2型と診断されるまでの経緯です。今回は、中編。休学したところからのお話です。前編はこちらから。

 

3.休学中
 休学に際し、医師の診断書が必要だったので、別の精神科病院を受診した。そこで、これまでの経緯をざっくりと説明したところ、適応障害と診断された。自分ではうつ病だと思っていたので、その診断が正しいのか疑問だったが、これで正式に休学することになった。大学に関わらなくていい分、少し気分は改善された。けれども、生きている価値を感じられず、生きているだけで迷惑をかけている自分なんて生まれてくるべきじゃなかったという思いは変わらなかった。毎日のように、死にたくて泣いていた。

 

 けれども、希望もあった。何をしても楽しくなかったのが、趣味を少しずつ楽しめるようになってきたのだ。本を読んだりアニメをみたりと、時間に追われず、好きな事を楽しんだ。遊んでいる間だけは、生きる意味を考えなくてすんだ。休学から3か月も経つと、気分も持ち直し、日常的な憂鬱感もなくなっていた。自分は自分だし、誰かの評価に怯える必要なんてないということが直感的に分かった瞬間があり、それからは普通の人と同じように生活できるようになった。

 

4.バイト時代
 4月になり、新しい年度が始まった。休学期間は9月末までだったので、何もしないのももったいないと思い、アルバイトを始めることにした。派遣の仕事も掛け持ちし、朝から晩まで働いた。

 

 しかし、クレーム処理を担当することになってから、大声で罵倒されたり、脅されたりすることが増え、精神的に参ってしまった。それでも働き続けようとしていたが、被害妄想が悪化し、不眠にもなった。このことを保健センターで相談したところ、クエチアピンという薬を処方されたほか、中程度のうつ状態という診断書を書いてもらえた。この診断書を提出して、退職することにした。仕事を投げ出した形になり罪悪感はあったが、しばらく休養をとると、体調は回復した。

 

5.復学
 休学期間が明けると、大学に再び通い始めた。1年ぶりに受ける授業はおもしろく、やる気も十分だった。最後まで休むことなく通い続け、秋学期の試験もそれなりの成績で終えることが出来た。しかし、春休みに入ったころ、サークルが忙しくなり、睡眠不足の中、人間関係やプレッシャーに悩まされたことをきっかけに、また被害妄想と希死念慮が強くなった。結局、掛け持ちしていたサークルをやめるとともに、リスペリドンという薬を服用するようになった。リスペリドンは、主に統合失調症の治療に使われる薬らしいので、統合失調症の可能性があると思われていたのだろう。

 

6.回復
 サークルもやめて、しばらく経つと、気分が落ち着き、活動的に過ごせるようになってきた。本を読んだり、街を散歩したりと好きなことをやり、学業にも熱心に励んだ。この時は、気分も爽快感があり、次々と新たなアイデアが思い浮かんだ。生きている実感がある時こそが、本来の自分だと思った。振り返れば、よくなったり悪くなったりを繰り返しており、この頃から双極性障害の兆候はあったのかもしれない。

 

後編に続く。