MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。双極性障害で東大在学中です。

双極性障害2型と診断されるまで~前編~

 私は、双極性障害2型との診断を受けています。これまでそのことについて触れていなかったので、診断名が確定するまでの経緯を書いていこうと思います。長くなったので、今回は前編です。

 

1.大学入学

 中高の時から被害妄想が激しめではあったものの、精神科を受診するという発想自体がなかった。初めて精神科のお世話になったのは、入学時の健康診断がきっかけである。誰もいないところから声が聞こえたことがある、思考が読み取られる感覚がする、自殺を考えたことがあるなどの問診項目にチェックしたところ、受診する運びとなった。学内に保健センターが併設されており、学生であれば無料で診察が受けられる。

 2週間に1回、診察を受けたが、高校卒業後、幻聴と思考伝播については収まってきていたし、入学直後は活動的だったこともあり、最初は診察の必要性をあまり感じていなかった。ただ、4月中旬を過ぎたころから、不安感と孤立感が強まり、憂鬱な日々を過ごすようになった。

 

 ゴールデンウィーク明けには、すっかり意気消沈してしまい、食欲もなくなり、人の視線が気になるなどの症状が出た。そこで、物は試しということで薬を出してもらった。ドグマチールという薬で、不安感を和らげるほか、食欲を増進させる作用もあるそうだ。服薬直後は効果を感じ、学校に行くのも苦痛でなくなった。が、それも1か月ぐらい経つと、元の調子に戻ってしまい、それどころか希死念慮が強まってきた。当時は、サークルでトラブルを抱えており、お医者さんには切迫した不安感を訴えていたが、薬を変えてはくれなかった。とりあえず夏休みまで頑張ってみましょうと言われたので、なんとか学校には通い続け、無事に春学期の試験を終えることが出来た。

 

2.休学

 夏休みは、学校のことを考えずに過ごせるので、しっかり休みをとることが出来た。ただ、自分なんて何の役にも立たないという気持ちや周りの人に軽蔑されている感覚は、休みの間も続いていた。休みが終わりに近づくにつれ、学校に行きたくない気持ちも強まった。春学期の最後は、夏休みがあることだけを唯一の希望にして頑張れたので、これ以上は頑張れないし、何か月も先の長期休暇まで生きていられるとは思わなかった。それでも、高校の友だちが自殺しないように慰留してくれていたので、とりあえず秋学期の授業には出てみることにした。が、2日間出席しただけで疲れてしまい、もうどうなってもいいやと思ってしまった。翌日も、朝から授業があり、一応起きてみたものの、これ以上大学に通う意味も生きる意味も見いだせなかったので、アラームを消して、再び眠った。二度寝から目覚めても、大学に行こうとは思わなかった。明日も明後日もこの地獄のような日々が続くなんて耐えられない。親にこれまでの経緯を全て伝えて、大学はしばらく欠席した。頑張る気力もなかったので退学しようかと思ったが、とりあえず休学した後で、それから先のことを考えることにした。この時は、休学しても状況は変わらないと思っていたが、決断を早まらず、先送りにして本当によかったと今では思う。

 

続く。