MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。双極性障害で東大在学中です。

破壊衝動を抑える 暴力というコミュニケーション

※暴力的な描写が含まれますので、ご注意ください。

 もし体格で勝り、法律もなかったら、確実に人をあやめていたと思う。幼少期は、たくさんの虫を遊び半分で殺していた。違法なことはしていないが、残酷な殺し方を考えては、殺すためだけに虫を捕まえていた。猟奇的で自分がやったとは信じられないけれども、その当時は愉悦すら感じていた。


 人に対しては興味本位で殺してみたいとは思わなかったものの、憎しみのあまり殺したいと思ったことはあった。暴力に訴えようとしたことも含めれば、中学生の頃まで日常的に破壊衝動を抱えていた。何度も手が出そうになったが、喧嘩になれば絶対に負けるのでいつもこらえていた。教師や同級生、上級生をみては、いつか殺してやると意気込んでいた。頭が悪く、運動もできず、芸術の才能もないという立場では、誰からも見下されるし、言葉で反撃することも出来なかった。皆が自分のことを自由に批判し、その気になれば、いつ脅されてもおかない環境下では、いつか報復を遂げ、彼らの行いを後悔させることしか思いつかなかった。今ならその環境から離れられればよいと分かるが、閉鎖的な学校の中では、見えている世界が全てだった。


 直接、手を下すことは、物理的にも法律的にも出来ない。だから、妄想の世界で何度も殺すことで鬱憤を晴らしていた。具体的には、包丁で刺殺するイメージをしたり、いつか独裁者になって残虐刑を言い渡す瞬間を想像したりすることで、自分の無力さから目を背けた。暴力への憧れも増していき、暴力的な動画をよく見るようになった。無意味に一般市民を虐殺するギャング組織のゲーム動画やテロリストによる処刑動画を好んでみた。また、学生運動について熱心に勉強した。学生が大学や警察といった権力を相手どって、キャンパスを占拠し、武力で戦う様は、私の願望そのものであり、大いに感銘を受けた。影響を受けて、火炎瓶や火炎放射器の作り方などを調べたこともある。
結局、実行する度胸もなく、刑務所送りになるのも嫌だったので、何もしなかったが、破壊衝動はずっとくすぶり続けた。この衝動を昇華させてくれたのは、勉強だった。勉強すれば怒られずにすむし、同級生に馬鹿にされることもない。よい点数をとり、よい大学に行けば見返すことが出来る。手を下さずに、報復できる手段が見つかったのだ。嫌な思いをするたび、その悔しさを勉強にぶつけた。そのあとの経緯は、過去の記事で述べた通りだ。


 もう一つ救いだったのは、勉強が出来るということで慕ってくれる人が出てきたことだ。他人に勉強を教えることは気持ちがよく、自分が学校に行かないとその人は困るわけだから、承認欲求をあくまで満たすことが出来た。人間関係が生まれ、相互の信頼を築いていった。この社会では、暴力に訴えないことがマナーであり、そういうことをしては信頼が失われる。これが、破壊衝動の抑止力となった。こうして、なんとか危機をやり過ごしてきた。


 暴力を用いることは、違法とされている。けれども、暴力以外のコミュニケーションの方法を知らなければ、自分の意思を伝えるには暴力しかないと願ってしまうのではないか。暴力沙汰や殺人事件の話を聞くたびに、他人事だと思えない自分がいる。きっかけ次第で、その当事者になっていたかもしれないし、これからなりうるかもしれないからだ。破壊衝動を持っており、過去に危険な水準まで高まった以上、行動化しないように気をつけないといけない。これさえすれば落ち着くという名案はないが、自己の内面を表現できる手段を多く持っておくことが有用だと思っている。今は、会話、文章、短歌など様々な表現方法を持っているし、確かな存在意義を感じられているから、きっと大丈夫なはずだ。もし、そういう気持ちが高まってしまったら、ブログのネタにして消化することにしておく。