MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

カウンセリングによる被害者意識からの脱却

 私は言い訳をしないほど強い人間ではない。何かが出来ない理由を過去の出来事のせいにしてきた。このブログにも、過去の辛かった経験を何度も書いてきた。悔しいという気持ちが原動力になってきた。自分のことを可哀相だと思っていたし、被害者意識が強かった。教師、同級生、親族など絶対に許さないという思いで生きてきた。

 

 ところが、最近になって、気持ちが変わってきた。許したわけではないのだが、どうでもよくなってきたのだ。過去の出来事は間違いなく記憶に存在しているが、そのことを取り立てて問題としなくてもよいのではないかと思える時が多くなってきた。その原因は、薬の効果かもしれないが、最も大きいのはカウンセリングだと思う。

 

 第2回までのカウンセリングについてはすでに投稿した限りだが、それ以降、過去の忘れられない思いやフラッシュバックに困らされていることを話した。1セッション50分の間、カウンセラーの質問をはさみながら、恨み節を言い続けた。自分がどれだけ嫌な思いをして、どれだけ苦しめられているのかを徹底的に言語化した。とはいっても、自分の心の中で何十回、何百回と反芻してきた強固な記憶だけに、他人に話したところで何も変わらないと思っていた。話した後も、すっきりするかといえばそうでもなく、関連する嫌な記憶を思い出して、落ち込んでしまうこともあった。

 

 しかし、被害者意識が全面に出た話を続けるうちに、変化も生まれてきた。一つには、自分の過去を他人に語れるようになったことだ。私は昔の話をしようとすると、動悸がするほど苦手だった。否定的なことを言われるのが怖かったし、自分の本性を知られたくなかったと理由はいくつかある。だが、少しずつ周りの人に打ち明けられるようになった。この頃に、『トラウマティックな三者面談と許せない気持ち』という記事を投稿した。

 

 また、被害者意識に囚われている人をみると、なぜそんなにこだわるのだろうと思うようになった。トラウマに苦しんでいる人や過去の記憶から逃れられない人がいるのは事実だ。自分もその一人だったはずなのに、共感すると言ってよいか躊躇う気持ちがある。大事なのは「今、ここ」からどうするかであるという、最も聞きたくなかった言葉すら受け入れられるようになった。悔しいから誰かを恨むのではなく、悔しいからこそ今を楽しもうと考えるように変化してきている。

 

 正直、カウンセラーが優秀だとは思っていなかった。話を進めるために質問を挟むぐらいで、自分の意見をあまり述べないし、過去の出来事にポジティブな意味付けもしてくれない。私の被害的な思考パターンを変えさせてくれるわけでもなかった。大きな変化が生まれたことといえば、トラウマを忘れないという意思を感じると言われたことだ。

 

 今までの私は、トラウマと対決し、トラウマをなくすために戦っていた。それが、トラウマも含めて肯定する姿勢に転換したのだ。被害者意識にまみれた自分をそのまま肯定してあげてもよいと気付いた。すると、あれほどこだわっていた過去のことから解放されていた。これまでに経験した嫌なことを話し続けていたカウンセリングも、ついに話すことがなくなった。

 

 どういうメカニズムが働いたのか、本当のところは分からない。ただ、誰にも話せなかった内面が言語化されて、抑圧されてきた感情も肯定してもらい、自分の思考を変える必要がないと気付けたことが、心境の変化に繋がったと思う。それでも、カウンセラーのおかげというよりは、自分の考え方が変わっただけじゃないかと感じている。それも含めて、カウンセラーの能力なのかもしれないが。

 

 もちろん、被害者意識や過去の記憶に囚われている人を否定するつもりはない。他人に何かを強制することは出来ないし、考え方は環境に大きく影響させられるから。けれども、今、問題を抱えていて永続的に苦痛が続くように思えても、未来がどうなるかは、その時が来てみないと分からないと思う。同じように苦しんでいるかもしれないし、そんなことが気にならなくなっているかもしれない。だとすれば、確かめてみるだけの価値はあるのではないか。そんなことを考えたカウンセリングだった。