MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

諦めず焦らず続けること

 1日3アクセス。ブログを始めたころ、なかなかアクセス数が増えず、歯がゆい思いだった。自分のために書いている文章とはいえ、誰も見ていないとなれば続ける気力も失われてくる。アクセスを増やすためのコツをネットで調べると、1週間で○○PVとか1か月で数万アクセス達成とか輝かしい実績が並んでいた。ブログのジャンルが違うので一概には言えないが、よく“売れている”ブログと私のブログの質に大差があるようには思えなかった。が、数字が現実を突きつけていた。


 ブログを始めて2週間が経ったころ、いつまでたっても結果が出ないことに苛立ち、更新をやめてしまった。「ブログ 2週間」で検索しては、短期間のうちに多数のアクセスを稼いだ人の報告ばかりをみて、やる気を失ってしまっていたのだ。その中には、初心者はまず3か月100記事を目指せというアドバイスもあったが、結果を焦っていた私はそんなことには耳を傾けなかった。年末年始は忙しかったこともあり、ブログのことなど段々と忘れつつあった。


 しかし、外部サイトに記事が掲載されたことを機に、アクセスが急増した。読んでくれる方もどんどん増え、たまっていくはてなスターがうれしかった。やりがいも感じるようになり、そこからはほぼ毎日、更新を続けている。記事の数は、もうすぐ50に達しようとしている。それでも、もっと読まれているブログもあるし、比較すればキリがない。もし、上をみて、こんな弱小ブログを継続しても意味がないと思って、途中で投げ出していたら、今みたいに毎日、誰かが自分の書いた文章を読んでくれる環境にはなっていなかっただろう。


 ブログの仕組みはよくわからないが、継続していれば、誰かの目に触れる機会も必然的に多くなる。なのに、当初の私は、早く結果がほしいと焦っていたので、諦める選択をとってしまっていた。本心から多くの人に読んでほしいと願うのならば、焦らずに続けることこそが必要とされていたにもかかわらず。石の上にも三年とまでいかなくても、ある程度続けてみることが大事だと気付かされた。


 振り返れば、受験でもそうだった。今から勉強を始めたところで合格できるのか、不安に感じていたが、出来ることは勉強することしかないのだ。未来のことは誰も分からないし、それなら可能性を1%でも上げるために勉強したほうが生産的だ。1か月で偏差値がどうとか、半年で○○大学に合格とか、短期間で成績を上げた話は魅力的だが、そんな人たちと自分を比べたところで、何も変わらなかった。むしろ、劣等感を覚えて、どうせ要領が悪いのだから勉強しても意味がないし、諦めようかという気持ちにもなる。勝手に比較して、勝手に諦める。文字に起こすとバカらしいが、いつも焦って続けることの重要性を見失ってしまいやすい。だから、何度も思い出して、自分を戒めることにしている。


 一昨日から英単語の勉強を始めた。これも、今さら英語を勉強したところで、ペラペラに喋られるようにはならないと思って、勉強し始めてはやめることを繰り返している。その証拠に、この単語帳は、1年以上前に買ったのに、まだ覚えられていない。もし、途中で諦めずに勉強を続けていれば、今ごろ単語はすべて覚えられていたに違いない。そうすれば、英語を話せる自分に一歩でも近づいていただろう。だから、今度こそ諦めずに続けたい。覚えるのに時間がかかるかもしれない。すぐに点数には反映されないかもしれない。勉強したところで、ネイティブ並みの英語力が手に入るわけではない。けれども、私に与えられている選択肢は、やるかやらないかのみなのだ。だったら、牛歩でもいいから少しずつでも前に進んでいく。


 ブログは単なる趣味だが、続けていくうちに、誰かを勇気づけることができるかもしれない。たとえ、1日3人しかみていなかったとしても、諦めずに100日続ければ、300人になる。続けていくうちに、誰かが目をとめてくれるかもしれない。他の人がどれだけ人気であろうと関係ない。自分のやりたいことをやっているのに、他者と比較して惨めな思いをするのなんて、いやだ。何事も満足できるまで、やり続ける。技能やテクニックがなくても、続けることだけなら出来る。なら、続けることに賭けて、突き抜けてみたい。続けていれば、可能性が開かれると信じているから。