MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

バカでもメンヘラでも東大に合格した

 東大に合格してもそんなに楽しい生活が待ち受けているわけではないけれど、もし東大に行きたいという気持ちが少しでもあるのに、自分の能力を見限って諦めるとしたら、こんなにもったいない話はないと思う。


 高校生の時は、「偏差値が〇〇でも東大に合格できるか」「両親が高卒なら旧帝大に合格するのは難しいか」というインターネット上の質問サイトをみて、よく不安になっていた。個別の個人の能力は知る由もないが、少なくとも試験直前でもない限り、挑戦してみる価値はあると今なら言える。もし、あの時、100点満点の定期考査で2点をとるぐらいバカなのだから東大なんて目指しても惨めなだけだと諦めていたら、今の私はない。


 勉強しなくてはいけないという思いだけは人並みにあるくせに、授業を理解せず、テスト前はネットサーフィンをするような典型的な劣等生だったので、私が東大を目指すといったところで誰も応援してくれなかった。当時の一番の友人でさえ、さすがに無理だろうと思っていたことを合格発表の後で聞いた。


 学校の教師には、無理だとは直接いわれなかったが(そもそも東大受験のことは隠していたので)、他の志望校を考えることを勧められた。はっきりわかったのは、誰にも期待されていないということだ。どうせ、今に失敗するから見ていろとでも思われていたかもしれない。だったら、そもそも教師なんて信用していなかったし、東大に連れて行ってくれるほどの実力を持つ人もいないと思ったので、自分だけを信じることにした。


 英単語は発音しながら書きなぐって暗記、世界史は教科書と授業で学んだことを、友だちに授業内容を教えることで、ストーリーとして暗記していった。数学はパターンゲームだと思い、問題と解答のパターンを覚えた。他の教科の暗記すべきことは、ひたすらに裏紙に書きなぐった。


 成績があがるにつれて、周りの反応は劇的に変わっていた。同級生たちを50人、100人、150人と追い抜いて行った。不安なことも憎しみもあふれ、泣いてしまう日もあったが、東大に入れば全てが報われると信じて勉強し続けた。受験期のエピソードは、下の記事にまとめてある。

 

myminority.hatenablog.com

 


 合格発表の後、高校に登校すると、担任はもちろん、あまり話したことのない教師にも褒められた。同級生もいたく驚いていた様子だった。うれしい気持ちもしたが、簡単に手のひらを反す人間のおぞましさにぞっとした。


 それでも東大に合格したことには変わりない。バカでもメンヘラでも東大に合格できたのだ。入学後、同級生をみていると、幼い時から恵まれた教育環境におかれて、比較的裕福な人が多い。けれど、それはあくまで多数派がそうであるということであって、受験を諦める理由にはならないと思う。


 東大に合格しても、素行で頭の悪さを露呈させてしまったり、精神を病んで休学したりとあまり変わってもいない部分もあるが、勉強は刺激的で楽しいし、何より自信がついた。自分自身に失望するだけの毎日が変わった。希望が見えた。


 受験に限らず、大きなことに挑もうとすると、どこからから否定的な言葉が聞こえてくるけれど、そんな人たちの言葉に耳を傾ける必要はない。他人の失敗を喜ぶ人、成功に嫉妬する人は少なからずいるが、あなたが幸福になることを邪魔することは出来ない。周りの人は往々にして無責任で、自分の人生を代わりに生きてくれるわけではない。自分の人生を生きるのは自分だけなのだから、やりたいことがあるならやってみるだけの価値はあるのではないかと思うのだが、いかがだろうか。