MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。双極性障害で東大在学中です。

トラウマを忘れないという意思

 カウンセラーから「トラウマを忘れないという意思」を感じると言われて、はっとした。わたしは、有り体にいえば、根にもつタイプで、トラウマティックな体験には苦しめられてきたし、忘れられるものなら忘れたいと願ってきた。でも、何をしていても苦しみの記憶は蘇ってくるし、幸せになることが許されないような気がしていた。作為的にトラウマを忘れないようにしているなんて考えたこともなかった。

 

 振り返れば、大学受験は見返すことが大きな動機だった。中学校や高校では、苦い水を飲み続けて、辛酸を舐めさせられ続けて、永遠に辛いだけの時間が続くようにさえ感じられた。報復の手段に選びとったものが勉強だった。あの辛い経験がなければ、東大を受験しようとは思わなかった。トラウマティックな経験に比べれば、受験勉強なんて苦痛ではなかった。すべての悔しさ、やりきれなさ、殺意を勉強に昇華した。その結果、運も味方して今の自分がいる。

 

 それでも、トラウマを経験してよかったと考えることは出来ない。やっぱり普通に生きられていたら幸せだと思う。でも、過去を変えることは出来ない。過去を抹消しようとして躍起になっても、記憶は消えてくれることはなかった。なら、忘れないことも一つの手段かもしれない。

 

 トラウマに苦しんでいる人に、トラウマを忘れないことを勧めることは出来ない。けれど、どうしても忘れられないなら、忘れられない自分を肯定してあげてもいいのではないかと思う。

 

 今だって過去の記憶と劣等感がごちゃ混ぜになって、張り裂けそうな気持ちを抱えている。だからこそ、ここで終わりたくないと思って、幸福を願い、チャンスを掴んできた。私の心の深いところには、トラウマを忘れないという意思があるのかもしれない。