MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。双極性障害で東大在学中です。

トラウマティックな三者面談と許せない気持ち

 中学生のときは成績が非常に悪く、学期末の三者面談にいつも怯えていた。授業内容を理解しておらず、テスト前もあまり勉強していなかったから、落ちこぼれるのは当然といえば当然だが、教師も親もそのことを責めるばかりで、誰も親身になって共感してくれることはなかった。成績が悪いことは、いろんな意味を持つ。成績が悪いのは勉強をサボっているからだという理屈で、努力不足、怠け者という烙印を押される。成績の話は怠惰な性格に対する叱責となり、人格が周りよりも劣っているのだとさえ思った。勉強も運動もできないし、その上努力もしない救いようがない生徒だということは自分自身が一番よくわかっていた。

 

 当時は問題行動も起こしていたので、そのことでもよく怒られた。通常の三者面談では時間が足りないので、1時間の特別枠でひたすら叱られた。特に、親を退席させて、二人きりになれば、さらに徹底的に指導された。大声をあげられたり睨まれたりするなか、ひたすら反省を求められた。自分の気持ちを口にすれば、反省が足りないといわれ、懺悔の時が無限に続くような感じがした。問題児の指導にはそれぐらいが相応なのかもしれないが、こいつには何をいってもいいとストレスのはけ口にされていたと今では思う。教師から「ムカつく」と言われたこともある。最後は謝り続けて泣くだけだ。泣いたら許してもらえるわけじゃないというとどめの言葉は今でも心に突き刺っている。

 

  このトラウマティックな経験は、教師一般への不信感を芽生えさせるに十分だったし、人間はどこまでも非情になれると子どもながらに感じた。親も、教師ほどではないが味方だとは思えなかった。閉鎖的な場所や目上の人と二人きりになると手が震えて動悸がするようになったのも、この頃からで今も完全には収まらない。

 

 こんなに鮮明に覚えているぐらいだから、当時の教師たちを許したわけではない。時間が経っても、傷は完全に癒えるわけではない。あのとき、一言でも私の気持ちを聞いて受け止めてくれていたら、どんなに救われただろう。二度と同じ思いはしたくない、強くなりたい。そう思った。

 

 今さら謝られたところで恨みは消えないし許せないことに変わりはない。そもそも悪いことをしたと思っているかすら分からないけれど。彼らが大切にしているもの、例えば彼らの家族がひどい目にあえば気持ちは晴れるかもしれない。さすがに直接手を下すことはしないが、絶対に許さないという感情は否定のしようもない。だったら、十年でも二十年でも恨み続けてやろうと思う。この負のエネルギーが今の自分の生きていく燃料となっているから。