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不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

性同一性障害だから同性愛?性同一性障害だけど同性愛?

 自分自身の性をどのように考えるかと、誰を好きになるかは異なる次元の問題だ。言い換えれば、性自認性的指向は別カテゴリーの話ということになる。だから、性同一性障害だからといって、どの性を恋愛対象としているかは分からない。また、同性が好きだからといって性同一性障害とも限らない。

 

 セクシャルマイノリティーの問題に関心がある人なら、比較的知られていることだと思うものの、性同一性障害だというと「ということは、同性が好きなの?」と聞かれることがよくある。まだまだ異性愛規範が根強い社会において、自身の性を変更することによって、同性愛を事実上の異性愛にしてしまう発想は理解できないこともない。また、ゲイやレズビアンの当事者からは、自分自身が性同一性障害ではないかと考えたことがあるという話をたまに聞くし、非当事者が混同してしまうのも仕方ない側面もある。

 

 しかしながら、こうした無理解が時として専門家、特に精神科医にも及んでいることは極めて問題があると言わざるをえない。今のところ、日本では、性同一性障害精神疾患の一つであるとされるが、全ての精神科医がその診断基準を熟知し、症例を把握しているわけではない。精神科の先生に性同一性障害であることを伝えると、男性が好きなのかと仰る先生もいたし、その分野のことはよく分からないと正直に告白する先生もいた。こうした認識では、正しい診断は下せないし、逆に同性愛傾向があれば診断が下されない可能性も出てくる。

 

 性自認と同じ性が好き、つまり同性愛だったとしても性別違和があり、性同一性障害でもあるということは、診断に何ら影響を及ぼさないはずだ。実際、手元に資料がないものの、MtF(Male to Female)では女性に惹かれる割合が高いという調査もある。性同一性障害だけど同性愛者でもあるということは不思議なことではない。性同一性障害を簡単に説明するために異性愛であることを前提とするのは戦略の一つとしてありうるが、性同一性障害の中の性的指向の差異を忘れてはならないと思う。性別違和が診断基準を満たしているのに、診断とは無関係な性的指向の一点で却下されてしまえば、誤解による医療へのアクセス阻害以外の何ものでもない。また、トランスジェンダーコミュニティーの中で、同性が好きなのは偽物のトランスジェンダーとみなされ、白い目で見られたという話も耳に挟んでいる。

 

 一口に理解を求めるといっても、当事者、専門家、その他の一般大衆の三者への理解増進を考えていかなければならない。その際、当事者は当事者であることに甘んじるのではなく、当事者内の差異にも目を向けるべきだろう。