MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

図書館の本を紛失した

 図書館から借りていた本を紛失し、同じ本を買って弁償してきた。あまり整頓しているわけではないものの、物を無くすことはほとんど無かったので、探せば出てくる気もするが、何度探しても見つからなかった。もちろん、弁償することも初めてだ。高価な学術書ではないとはいえ、文庫本でもないので、それなりの値段はする。実験の簡単な手伝いで頂いた1500円分の図書カードを使い、実質の出費は500円程度だったが、本は自分のものにならないので、無駄な出費のように思える。


 本を無くしていなければ、その2000円を使って、別のことが出来たはずだ。ラーメンを食べたり、博物館に行ったり、気に入った書籍を購入したり、といくらでも思いつく。自分の落ち度で紛失したのだから、私はなんて不注意な人間なのだろうとも思う。その一方で、無くしたものが本という代替可能なもので、かつ大きな出費にならなくてよかったと考えられないこともない。

 

 本を無くしたことは事実だが、その事実から何を感じるかは解釈の次元にあり、一つの固定的な解があるわけではない。心理学の世界では、強いストレスを感じた時に自然と思い浮かぶ思考を自動思考といい、他の考え方やその考え方の妥当性を再検討する認知再構成法というものがあるらしい。これを教えていただいた先生によると、思考を変えられなくても、自身の考えを相対化することそれ自体に効果があるそうだ。本を紛失したという事実は変えられなくても、思考は変えられることが出来るかもしれない。たとえ思考を変えることが今は難しいとしても、他の考え方を知ることは出来る。そう考えれば、少しは気が楽になった感じがする。