MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。双極性障害で東大在学中です。

勉強していないと不安だった大学受験

  「一分一秒でも多く勉強しなければならない」「一瞬でも気を抜けば落ちる」という強迫観念に突き動かされて受験勉強に励んだ。なんとか大学には合格することが出来たが、勉強以外のことをしていると罪悪感に襲われるという状態はあまり変わっていない。勉強することは山ほどあるのに、ゆっくりご飯を食べたり、音楽を聴いたりすることが許されるのかという思いが脳裏をかすめる。そういう時は、これは勉強の効率を上げるためだと信じ込ませ、自分の人生にとって意味があることなんだと自分に言い聞かせる。楽しいことを楽しいと感じることが、私にとっては難しい。やはり高校時代の過ごし方が尾を引いていると思う。


 勉強も運動も出来ない生徒に対する教師の視線は非常に冷たかった。家庭でも成績のことを責められ、休日も外出せず家に引きこもっていたので、どこにも居場所がなかった。現状に不満が募っていたそんなときに、偏差値28から東大に合格したという本を図書館でみつけ、勉強すれば人生を変えられると思った。たまたま素質に恵まれていたのか、勉強すれば勉強するほど成績は上がり、これまで見下されてきたクラスメイトや教師を見返すことが出来て、本当に気持ちよかった。勉強が出来るだけで性格もよいと思われ、運動が出来ないこともおとがめなしになった。この経験は、成功体験の一つだが、勉強しないとどういう目に遭うか思い知り、二度とそんな地位に落ちたくないと決意させることになった。


 定期試験の前日などは、遊ぶ時間があれば勉強するべきであって、そこまでは問題なかったはずだ。しかし、受験勉強という長期戦においては、毎日が試験前日であり常にベストを尽くし続けなければならないと考え、出来るだけ多く勉強しなければならないという強迫観念が醸成されることになった。また、誰にも軽蔑されたくないという思いから、実力からかけ離れた上位の大学を志望し、相応の努力が必要な状況に自分から追い込んでいた。自分の価値は学歴によって示されるのであって、不合格だったら生きている意味はないと思い込み、いつしか勉強していないと不安に駆られるようになった。食事は必要なのでとっていたが、家族と必要以上にしゃべりすぎると無駄な時間だったと後悔しているような有様だった。強迫的に勉強を続ける私を心配して声をかけてくれる人もいたが、それは優等生だから心配してもらえるのであって、成績が悪くなり受験に失敗すれば、そんな庇護も受けられないと心から信じ込んでいた。


 こんな状況ではさすがに身が持たないので、息抜きや睡眠も勉強の効率を上げるためには必要であると正当化することで、強迫観念を少し緩和することが出来た。この考えもすぐに受け入れられたわけではなく、勉強法に関する書籍や周囲の人から何度も刷り込まれることでようやく信じられるようになった。そして、第一志望の大学に合格し、ようやく勉強の不安と無縁の生活が送れると安堵したことを覚えている。


 が、大学に入っても成績評価はある。受験の合否ほど深刻ではないのだから、気楽に考えればよいと頭では理解していたものの、一段階でも高い評価をもらうべきで、ここで気を抜いたことが一点差で単位を落とすかもしれないという新たな不安と戦うことになった。初めての大学の講義は、高校よりも明らかに難しく、完璧主義と相まって非常に負担になった。結局、勉強時間は高校時代よりも多くなり、家事の時間を切り詰めて勉強していたので体調を崩すことになった。この後、休学を挟んで、強迫観念はかなりましになったのだが、その話は別の記事で書こうと思う。受験から3年経った今も、受験勉強をする夢を見る。


 勉強が出来るので、自分は生きている価値があるという屈折した自己評価が、強迫観念を支えていたことは明らかだ。この強迫観念がなければ、今の大学に来ることはなかったと思う。だけれど、私を今も苦しめ続けている憎いやつでもある。勉強とは無縁そうなのに幸せそうな人をみると、ふつふつと怒りが湧いてくる。勉強が出来なくても幸せはつかめるのなら、今までの努力は何だったのだろうかと感じ、認めるわけにはいかないと思ってしまう。私に必要だったのは、勉強ではなく無条件の自己肯定だったのかもしれない。