MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

九州観光Part1 太宰府天満宮・九州国立博物館

夏休みに九州に行ってきたので、その時の話でも。

まずは、太宰府天満宮へ。

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太宰府名物の梅ヶ枝餅。梅が苦手なので食べなかったが、梅は入っていないことを後で知った。相変わらず、下調べが適当すぎる。

 

f:id:mimosapudicaseeds:20181011055747j:plain奥にみえるのが太宰府天満宮の本殿。翌日に前期の成績発表を控えていたので、しっかりお祈りしておいた。後期は、一発目の授業から遅刻したものの、努力しようとはしているので、神様も応援してくれているはず。

 

f:id:mimosapudicaseeds:20181011060500j:plainかの有名な飛梅

 

続いて、太宰府天満宮のすぐ近くにある九州国立博物館へ。

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常設展示は4階だけと聞いていたので、すぐに見終わってしまったらどうしようかと思っていたが、見どころが多く、全くの杞憂だった。結局、昼ご飯も食べずに4時間近く、夢中で展示を眺めていた。九州という土地柄か、中国や朝鮮との交流の歴史や文化の影響が学べる内容で、貿易関係の文化財やアジア各国から集めたコレクションなどがあり、とても興味深かった。

 

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体験型展示も充実していて、こちらは親子連れでにぎわっていた。アジアを体感するというコンセプトで、各国の民族衣装を借りたり、おもちゃを使って遊ぶことが出来る。わたしも、銅鑼をたたいたり、竹の楽器で「メリーさんの羊」を演奏したりと子どもたちに混ざって満喫した。童心に返るとは、まさにこのことかもしれない。

思いもよらなかった楽しみがみつかることも旅の醍醐味である。

次回につづく…。

毛孔性苔癬と遺伝のもやもや

皮膚科に行ってきた。腕とふくならはぎの赤いぽつぽつがずっと気になっていたが、なかなか時間がとれず、ようやく病院に行くことが出来た。病気の名前は、毛孔性苔癬というらしい。毛穴が赤く目立つ以外は、かゆくも痛くもないし体に害はない。

 

けれど、完全に治るのは難しい場合が多いという話だった。もともと毛穴が目立つ体質だという。一応、薬をもらって2週間後にまた来院することになっている。よくなれば何も案ずることはないけれど、期待を抱くことは出来ない。健康に影響しないのだから、気にする必要はないと言われればそれまでかもしれない。だけど、どうしても前向きにはなれない。こんなに見た目を気にして、出来ることは全てやろうとして、そのためには頑張って働いてお金を稼ごうと思っているのに、治らない可能性が高いという事実はどう受け止めたらいいのだろう。病院に行けば、お金さえ払えば、よくなると思っていたのに。嘆いていても仕方がないし、なんとか前向きに捉えられればいいけれど今はそんな余裕なんてない。薬が効くことを願うばかりだ。

 

毛孔性苔癬は遺伝によるものが大きいらしい。私の人生を満足いかないものにしている原因のうち、遺伝によるものはいくらあるだろう。こんなことを言えば、多くの人を傷つけ、何の罪もない人たちに嫌な気持ちをさせるのは分かっているけれど、それでも純粋に両親に感謝する気持ちにはなれない。この表現でも本当の思いを堪えて、控えめにしようと努めている。誰だって何もかもが恵まれて、何一つ不自由ない身体と環境に生まれることなんてめったにない。客観的にみれば、いい大学に通わせてもらえて、人並みかそれ以上の暮らしが出来るのだから、文句を言うほどおこがましいことはないのかもしれない。人より病気がちなこと、見た目にコンプレックスがあること、生活していく上で少し苦労が多いこと、そんなこと珍しい話ではない。分かっているからこそ、この気持ちをどこに吐き出したらいいか分からなくなる。それでも生きているだけで幸せだといえるほどの強さは持ち合わせていない。こんなことを親が知ったらどう思うだろう。もし私が自分の子どもからこんな恨み節を聞かされたら参ってしまうと思う。わざと苦しい目に遭わせようとしたわけではないのだから。だから、絶対に告げない。この苦しみ、悲しみ、葛藤は心の底にそっと取っておく。

 

バーチャルな存在になりたいとか、ランウェイに立ちたいとか、容姿に対するこだわり、コンプレックスが激しいのだと思う。旅行やゲームをしていれば、気持ちは紛れるけど、どうしてもここに戻ってきてしまう。そんなに美容を気にしているなら、早く寝ろという話なので、そろそろ寝ることにする。けれど、何度でもここに戻ってきて、同じことで悩み続ける気がしている。このループからいつになったら抜け出せるのだろう。

 

長月のランウェイ

明日を変えるなら今日を変えないといけないとは、よく言ったものだと思う。ここにきて全てが行き詰まった感覚に襲われる。バーチャルな存在になって現実を抜け出したい。一ヶ月後にこうなってたらいいなと願っているだけでは何も起こらない。何もしていないのだから。やらないといけないことをしているだけで一日が終わっていく。そして大学生活も終わりに向かっていく。やりたいことやるためにはやっぱりお金が必要で、だからアルバイトでもしてみようかなんて思い立って、月にどれぐらい働けばいいかとか計算してたけど結局働けてないし、とらぬ狸の皮算用というほかない。実際には短期のバイトを少しやってみたけどその週末には38度の熱で寝込んでしまった。関係があるのかは分からない。でも、新しいことを始めようとする度に体調がすごく悪くなる気がする。甘えと言われるかもしれない。それなら甘えでいいから、頑張るための方法を教えてほしい。休めば治るから恵まれているといえば恵まれているのかもしれない。もっと過酷な状況にいる人もいる。だったら、心も体も元気な人はもっともっといる。今さら比較してもしょうがないか。嘆いていても仕方がないから、気持ちを切り替えようと言えるほどの希望は持てない。心を入れ替えることは出来ても、体を入れ替えることは出来ないのだから。ここからは現実逃避の時間。ここからも、か。今が、大学生になったばかりだったらよかったのにと思う。過去に戻りたいわけじゃなくて、ちょうど今このときが大学1年生の入学したばかりだったらいいのになと思う。自由な時間がいっぱいあって楽しいことがこれから始まっていく。戻れたら、うんと遊ぼう。大学生は一番楽しい時なんだから。楽しかったから戻りたいわけじゃない。これから時間をかけて作っていきたい。そんな気分。じゃあ今、未来の自分がワープしてやってきたと考えてみる。今からでもやれることはあるはずで、これでも時間がたくさんあるのだろう。頭では理解していても、信じられない。いろんなことを考えていたはずが、眠たくなってきた。思ったことをぶちまけて、よく眠って、ご飯を食べたら、気にならなくなってしまうこともある。明日はよいことありますように。

ポケモンと断酒

 2週間前からポケモンのゲームをやり始めて、飲酒量が一気に減った。薬とアルコールが体に悪いと言われてもやめられる気がしなかったが、自然に飲まなくなっている。お酒を飲む時間があるなら、ゲームをしたい。5千円のゲームカセット代で何十時間も遊べて、飲み物代も浮いていることを考えれば、よい買い物をしたと思う。子ども向けのゲームだと侮っていたが、始めてみると意外とやりこみ要素があって楽しい。だらだら書いても仕方ないし、今からゲームをするので、短いけれどこのあたりで。

オープンキャンパス 

 昨日今日とオープンキャンパスのお手伝いをしていた。地図を片手にした高校生がたくさんいて、キャンパスが若返ったみたいだった。学校単位でバスごと赤門の前まで乗り付けていたり、地方から家族総出でやってきたりといった盛況ぶりで、さすが東大だなあと思う。

 

 事前申し込み制の模擬講義は、受付当日に予約が満席になってしまうらしく、お目当ての学部の講義を受けられなかったという高校生の話を聞いた。そんな貴重な講義なのに、普段居眠りしてしまうことを心の中で少し反省した。私が高校生の時は、一番になって認めてもらいたいという思いと第一志望の大学に入ったら幸せになれるという漠然とした期待しかなかったので、大学の講義を聞いてみたいなんて思いつきもしなかった。

 

 将来のなりたい自分から逆算して何をすべきか考えている高校生も、どんな自分になりたいかを懸命に探している高校生も、本当にまぶしくて、かっこよかった。目上の人から大学でもっと勉強すればよかったという話を聞いたことはあっても、年下の中高生の勉学に対する思いにきちんと耳を傾けたことはなかった。私は、私の出来る範囲で、学業に励み、それなりの将来像は描けていると思う。それでも、自分のことを恥ずかしく思った。

 

 高校生の前なので、もちろん、普通に大学生活の説明をするものの、前日にストロング系チューハイと抗精神病薬を併せて飲んでいて二日酔い気味だと知ったら、受験生の心境はいかにとも思ったりもする。というか、そんな状況なのに、なぜ手伝っているのかは我ながら疑問でもある。

 

 とはいえ、普段の生活では関わることのない高校生たちと話せたのは新鮮だったし、眠たい時や体調が優れない時は仕方がないにしても、せっかくだから与えられた環境を生かそうと思わせてくれる機会にもなった。本心では謝礼目当てだったけれど、その額面以上の気づきを得ることができた。今日のこの気持ちを忘れずに記憶しておきたい。