MY MINORITY

不器用ですが暇つぶしになれば。ちょっと情緒不安定な東大生

「共感」より「解決」の検索アルゴリズム

menhera.jp

 

これは、「死にたい」に限ったことではない。

 

「眠い」「だるい」「寂しい」「やる気がでない」「めんどくさい」などネガティブな語で検索すると、「やる気を出す方法」とか「孤独感への効果的な対処法」とか「毎日を楽しくする唯一の考え方」とか解決策が無数に提示される。

 

「やる気を出すには」「やる気 方法」で検索していれば、そういったアドバイスは、まさしく求めていたものだろう。しかし、単に気持ちを表す言葉を打ち込んだだけで、問題を解決する手段を上から下まで示されるのは、少し違和感がある。

 

だからといって、何を期待して検索しているのかは、自分でもよくわからないのだが、あえて挙げるとするならば、「共感」してほしいのかもしれない。

 

検索窓は、独り言をいつでも聞いてくれる相談相手みたいなもので、人に対する相談と同じように黙って聞いてほしい時もある。そういう時に、解決策ばかりを提示されても、気持ちが楽になるわけではない。

 

ライフハックや役に立つ情報、考え方を網羅しているサイトは、実用性が高いし、検索でも上位に表示されやすく、実際、多くの人の役に立っていると思うが、私にはあまりにも明るくて目が眩んでしまうこともある。

 

他人の暗い話を楽しんでいるわけでもない。みなが幸せになれるのなら、そんなに素晴らしいことはない。しかし、全てがうまくいくわけではない世の中で、みんないろいろと苦労しているんだなあと思えた時、一人じゃないことに気づく。ただ他の人の書いた文章を読んでいるだけなのに、なぜだか「共感」してもらえているように感じる。

 

空気の読めない検索窓だけど、出会うことのなかった人々を偶然にも結び付けてくれるから侮れないところもある。こうやってネガティブなことを書いていたら、また新たな誰かの目に留まるかもしれないし。

トランスジェンダー受け入れは「配慮」ではなく女子大が女子大であり続けるための挑戦

お茶の水女子大が、戸籍上は男性であってもトランスジェンダーの学生を受け入れることを決定したというニュースが、非常に話題を呼んでいる。

www3.nhk.or.jp

 

しかし、アメリカの名門女子大では、数年前から受け入れを表明していたし、日本女子大学でも、昨年の2月に「『多様な女子』と女子大学 -トランスジェンダーについて考える-」というシンポジウムが開かれており、話題のトピックではあったので、水面下ではじっくり検討がなされていたということだろう。

 

このニュースを巡っては、肯定的な意見のほかにも、トランスジェンダーに“配慮”することで女子大の存在意義が脅かされるという意見や、逆に、女子大の存在意義はすでに失われているのだから、そもそも共学化が望ましいといった意見などが挙がっており、良くも悪くも注目を集めているようだ。

 

どの主張も理解できなくはない。ただ、今回の決定を「LGBTへの配慮」という問題に集約するのは、あまりにも単純化しすぎている。むしろ、女子大が女子大であり続けるために「女子大の存在意義」を守りぬく決断であるといっても過言ではないだろう。

 

男子のみが高等教育を受けられる時代は終わった。

女子大以外に女子にとって学ぶ場所がない時代も終わった。

場所を提供するという意味では、女子大はその存在意義を完全に失っている。

 

しかし、その“男女平等”な場所は、本当に安全に学べる場所なのだろうか。大学は、性別を理由にした、ハラスメント、嫌がらせ、差別的な扱い、差別発言、疎外から無縁な場所になったといえるのだろうか。答えは、明確に否であろう。性別を理由に、学問を阻害されるような環境が、2018年の日本において、確実に存在している。

 

ここに、私は女子大の存在意義とその使命を見出している。であるならば、なぜトランスジェンダー学生を受け入れることが、存在意義を高めることになるのか。アメリカの名門女子大学の例を引きながら、議論していこうと思う。

 

(以下、戸籍上男性のトランスジェンダーの学生を、「トランスジェンダーの学生」と便宜上表記する。また、以下の内容は、先述の日本女子大学のシンポジウムにおける髙橋裕子氏の「「米国の女子大学におけるトランスジェンダー学生の受け入れをめぐって-セブンシスターズを中心に-」」の発表で知った事実を参考にしている。問題があれば、削除します。)

 

冒頭でもふれたとおり、セブン・シスターズと呼ばれるアメリカの名門女子大学群の大学は、すでにトランスジェンダーの学生の受け入れを2016年までに表明している。

 

www.nikkei.com

 

その中の一つ、マウントホリヨーク大学のHPに掲載されているアドミッションポリシー(入学者受け入れ方針)を参照しながら、この決定の背景にあるものを探ってみたいと思う。 

参照URL:

https://www.mtholyoke.edu/policies/admission-transgender-students

 

Admission of Transgender Studentsには、10のよくある質問が並べられている。その最上段にあるのは、「マウントホリヨーク大学はそれでも女子大学であるのか?」という問いである。

 

その答えは、

Yes, Mount Holyoke remains committed to its historic mission as a women’s college.

 

として、女子大学としての歴史的使命にコミットし続けることが太字で強調されている。ここで考えたいのは、共学化に向けたプロセスとして、トランスジェンダーの学生を受け入れるわけではないということだ。と同時に、生物学的な女性もトランスジェンダーの女性も、女性の共同体の中で、勉学に励み、成長するという女子大学の価値を共有できると述べられている。

 

また、「本学の実践とポリシーは、個人の自由、社会正義、多様性と包摂を中心とした我々の核となる価値観と合致すべき」と付記されているのは、トランスジェンダーの学生の受け入れは、マウントホリヨーク大学の中核となる価値観と一致するところであり、なんの変節でもないことを内外に示しているのではないだろうか。

 

では、誰が「女性」とみなされるのかという論点が当然浮かび上がっている。今回の報道に対する反応をみていても、かなり扇動的な憶測も少なくない。これに対し、よくある質問の2では、入学申請をできる学生の属性として、以下のように記載されている。

 

Biologically born female; identifies as a woman

Biologically born female; identifies as a man

Biologically born female; identifies as other/they/ze

Biologically born female; does not identify as either woman or man

Biologically born male; identifies as woman

Biologically born male; identifies as other/they/ze and when “other/they” identity includes woman

Biologically born with both male and female anatomy (Intersex); identifies as a woman

 

いろいろ並べられているが、セミコロンでつながれた2つの要素の組み合わせから成り立っている。つまり、Biologically born(=生まれたときの生物学的な性別)とidentifies as(どんな存在であると認識するか)である。これをみると、生物学的な性別が女性であれば、自分自身を男性、中性(や両性など)、女性でも男性でもないと認識していても受け入れるとある。

 

この基準は、心が女性の人たちは、みな女子大への受け入れを認めるべきだという理屈では成り立たない。特に、男性であると自認する学生を受け入れることは、在学生にとってトラブルを引き起こすものと訝しく思われる方もいるかもしれない。

 

しかし、この基準には何ら新しいことはない。なぜなら、女子大学は入学者の性自認をいちいち確認しておらず、女性であると自認しない学生は、今までも入学し、在学し、そして卒業しているからだ。入学要件に性自認が女性であることを要求し、在学中にその認識に変化がないか確認した話は聞いたことがないし、トランスジェンダーの人口に占める割合を考えると、これまでに一人も存在しなかったと考えるほうが不自然ではないだろうか。男子校や女子校出身で、のちにトランスジェンダーであることを公言した著名人もいるので、決してマウントホリヨーク大学の基準は新奇なものではないし、女子大学が女子大学ではなくなると警鐘を鳴らすのであれば、この点も必ず考慮されるべきではないだろうか。

 

男性、もしくはインターセックスに生まれた場合の入学基準においては、女性としての自己認識を持つものを受け入れるとしている。

 

明確に受け入れることができないと書かれているのは、

Biologically born male; identifies as man

のみである。しかし、ここに、マウントホリヨーク大学が女子大学としてのアイデンティティーを保ち続ける意思が表れているといえるだろう。

 

ほかの設問では、性別の自己認識の基準は申告のみであり来歴は問わないこと、入学後に性自認が変化しても退学の必要はないことなどが書かれている。基準や規定は、セブンシスターズの中でも、大学によって異なるが、トランスジェンダーの学生の受け入れを表明した先行事例のひとつとして、マウントホリヨーク大学のアドミッションポリシーを取り上げた。

 

こうして、これまでの「女子」の概念を拡大して受け入れを表明した各大学であったが、そこまでして女子大であり続けることにこだわる意味はどこにあるのだろうか。

 

ここで、冒頭の問題提起に戻ってくる。

 

髙橋裕子氏の『トランスジェンダーの学生をめぐる入学許可論争とアドミッションポリシー』(https://ci.nii.ac.jp/naid/130006199709)という論文の中で、女子大学にしか志願しなかったトランスメン(トランス男性)の学生の言葉がある。彼が女子大を選んだのは「安全な場所(safe place)」だったからという理由が述べられている。「安全な場所」という言葉を念頭に置きながら、女子大の存在意義を改めて考えてみたい。

 

そもそも女子大は、女性が教育を受けることを期待されず、男性にしか大学の門戸が開かれていなかった時代に誕生した。ジェンダーという言葉がないときから、すでに性別規範を打ち破ろうとした画期的な挑戦だった。実際、社会で活躍する女性のリーダーを輩出し続け、そうした人々の貢献もあり、男女平等の重要性が認識され、現在に至る。

 

女性に教育を受けさせる必要はないという考え方は、もはや過去の遺物となりつつある。少なくとも日本においては、大学進学率の男女差はほとんどなくなり、男性しか入学できない大学も存在しない。こう考えると、女子大は「歴史的使命」を終えるときがやってきたのかもしれない。

 

憲法で両性の平等が謳われているにも関わらず、入学者を女子だけに限定することは、性差別との指摘を免れえない。女子大がなぜ必要なのか、存在意義が問われている中で、「女子」の概念を拡大するならば、より一層、存在意義を失っているようにさえ思える。

 

しかし、このギャップにこそ、女子大の存在意義がある。

 

いまの大学が、すべての人にとって「安全な場所」であるとはいえないだろう。誰もが性別のことを気にせず、大学生活を過ごすという理想には程遠い。大学関係者によるセクハラは後を絶たないし、表面化していないものも含めれば、日常的に繰り返されていても不思議ではない。

 

また、ジェンダーについて学ぶ環境という点でも不十分だろう。学ぶということは、単に知識を深めるだけではなく、自分自身の置かれた境遇に気づく力、それを言葉にする力、主張し変えていく力など、不平等な立場にある人が本来のあるべき姿を取り戻すための力を得ることでもある。それは、ジェンダーに関する講義や図書が充実しているだけでは、成し遂げられない。教授や職員、学生も含めて、大学全体が学びを支える環境が必要不可欠である。もし、疑問に思うことがあったとしても、差別的な人がたくさんいるような場所ならば、発言しづらいし、その考えを持ち続けることも難しくなる。とりわけ、ジェンダーの問題においては、無意識のうちの刷り込みが社会やその人の生き方の規範を作り上げてしまう。たとえ、正当な申し立てであったとしても、無自覚な多数派によって淘汰される可能性は十分ある。

 

大学は、多くの学生にとって、子どもから大人への自己形成のステージでもある。その段階に、ジェンダーを理由に攻撃や排除を受けることが、どれだけその人の人生に影響を与えるのかは深刻に受け止められるべきであり、大学という場が、社会の差別的な規範の再生産や強化のために利用されることは、全くふさわしくないと、現役の一学生の立場から主張したい。

 

女子大は理想郷ではないから、以上のような問題点を全て克服しているとは到底思わないが、それでも21世紀の日本において、女子大の存在意義を見出すのであれば、【ジェンダーが理由で弱者になりやすい人々(=あらゆる意味での「女子」)のみであるからこそ、外部の圧力から解放された環境で、安全に過ごすことが出来る】点に尽きるのではないだろうか。かつて女子大が必要とされたように、今も女子大を「安全な場所」として必要に感じる人々は多くいるはずだ。

 

トランスジェンダーの学生受け入れは、そうした女子大の歴史的使命の延長線上にあるものであり、女子大の価値を脅かすものだとは思わないし、単なる“配慮”で終わらせるべき話でもない。お茶の水女子大学の決定は、女子大が女子大であり続けるための挑戦として、エールを送りたい。

 

と、報道とツイッターでの反応をみて、思ったことがあったのでつらつら書いてみた。

 

最後に追記。この記事の中では、男性優位な社会構造が存在することを前提として語ってきた。もちろん、そのこと自体を否定するわけではないが、すべての男性が社会的、経済的に恵まれた地位にあるわけではないことを付記しておきたい。男子学生だけでも、性的マイノリティーを含めジェンダーのことで苦労を味わっている人は決して少なくないし、そういった学生が、安全に大学生活を送れる環境を確保することの重要性は、軽んじられてはならない。男女共学の大学でも、ジェンダーによって不利益を被る人がいないようにしていくことが急務であり、この点についても認識が広がるべきだと願っていることだけは改めて強調しておきたい。

 

今日の記事はとても長くなりましたが、お読みいただきありがとうございました。

六月の空を見上げて 

寒い。 

外ではミンミンゼミが鳴いている。 

冷房が吐き出す風を恨ましく思って、羽織れるものでも持ってこればよかったと気付く。が、どうしようもないので、授業が終わるのを待つ。やっと寒さから解放されて、教室を後にすると、今度は容赦のない直射日光に襲われる。数分と経たずして、汗が流れる。 

 

30度を超えるような屋外と冷房の効いた室内とを行き来するのに適した服装なんて存在しないんじゃないか。というか、どんな服装でも炎天下には耐えられない。せめてもの癒しにと、冷たい水ばかりを飲んでいると、体調を崩してしまうし、やっぱり夏は好きになれない。 

 

そんなことを思いながら、キャンパス内を所在なく歩く。なんとなく、高いところを探してみたくなった。意識して歩いてみると、簡単に越えられそうな外階段が目に付く。別にいますぐどうこうするわけじゃないけれど、覚えておこうという気持ちになる。 

 

去年の6月は、駅まで歩くだけで視界が白く霞んでしまうほど体調が悪かった。電車でも席を譲ってもらっていた。いったん入院して休養をとることも勧められた。去年1年間の中で最も大変な月だった。 

 

来年の今頃には、今年の6月をどんな言葉で振り返っているのだろう。 

以前よりは心穏やかな時間が増え、少し先の未来なら期待して過ごせるようになった。周りの状況に振り回されずに、自立できるようになってきたということかもしれない。でも、振り返る時には「依存先の乗り換え」の月と言われるだろうと思う。 

 

小児科医の熊谷先生によれば、「自立とは依存先の分散である」「希望とは、絶望を分かち合うこと」という。それでも、誰かひとりを絶対的に頼ることは安心感があるし、これまでは何の問題もなかった。けれど、友人は救世主でも神様でもないのだから、一方的な依存はすれ違いを生み、振り回し、振り回され、お互いを深く傷つけてしまった。 

 

だから、いろんな場所に居場所をつくり、さまざまな人と話せるようにすることを目指そうと思ったのが、先月の中旬くらいの出来事だ。多人数がいるところでは、うまくしゃべれないから、勇気を出してご飯に誘ってみたり、自分の内面を開示してみたり、出来る範囲で新たな人間関係を築いていった。 

 

特に、今年に入ってから知り合ったある友人と仲良くなった。こうやって、信じられる人を増やしていくことは、私にとっても、関わる人にとっても、いいことなのだろう。

 

しゃべっていて楽しいし、相手のことも知りたいし、自分のことも話したい。そんな相手が出来たことは、本当に久しぶりだったから、もっと仲良くなりたいと望み、その望みは叶った。 

 

そして、人間関係を広げる試みは、結局のところ惨めな疎外感を覚えたので、元の殻に戻り、最後に残ったのは、新たな、だけど大切な、その友人だった。 

 

依存していることは自分でも分かっている。けれど、その前の数か月に比べれば、明らかに楽しい日々を送れている。今度こそは、破綻することなく関係を続けていけるはずだと何の根拠もなく思っている。 

 

見捨てられる不安がないわけじゃない。そういう時は、今の気持ちをlineのメッセージで送り付け、自分の存在を認めてくれるメッセージが返ってきて、安堵する。もし、辛いことがあったとしても、話を聞いてくれる人が必ずいると思えることが、どれだけ自分を強くするだろう。この幸福を享受することぐらい、許されている気がする。 

 

この六月が、ピークではなくスタートラインであってほしい。 

悲しみの雨はいらないから、うんざりとするほどの快晴を見せてほしい。 

もっともはやい梅雨明けの六月の空は、私をみて、何を思っているのだろうか。 

岡田尊司『境界性パーソナリティー障害』を読んで

 岡田尊司著『境界性パーソナリティー障害』の序文には、以下のように記されています。

境界性パーソナリティー障害は、まさに、人が生きるとは何か、何によってそれが可能になるのかという、人間にとってのもっとも根本的な問題を突き付けている

 今回の記事では、この本を題材にして、「人間にとってのもっとも根本的な問題」に迫ってみたいと思います。

 

 と思って、記事を完成させたのですが、よくよく考えると著作権を思いっきり侵害していることに気づいたので、読んで思ったことを述べるにとどめます。

 

 まず、境界性パーソナリティー障害という言葉について。病名である以上、病気の説明のような内容を想定していましたが、読んでみると一般的にも当てはまるようなことばかりだなと感じました。

 

 便宜的に、境界性パーソナリティー障害は、いわば特徴的な思考パターンを持っている人と定義したとします。しかし、その思考パターンは、病気であるか否かで完全に区別できるものではないですし、経験によって考え方が変わっていくのは人間である以上、誰にでも共通しています。

 

 逆説的ですが、その意味では「病気」ではなく「性格」としての要素があるのかもしれません。医学的な正しさはさておき、「性格」は変わっていくものであり、誰もが「境界性パーソナリティー障害」のような性格になりうる、もしくは既になっていると考えれば、自己理解の書物としても興味深く読めると思います。

 

 その意味で、見捨てられることに対する不安と愛情への飢餓感というのは身に刺さる言葉でした。社会的には恵まれている家庭環境でおこがましいことを言ってはいけないという意識があり、あまり考えないようにしていましたが、やはり愛情という面では未だに引きずっているところがあります。保護者への愛情を友人や恋愛相手に求めているわけではありませんが、根底に存在する自己否定感から愛情を渇望してしまう心理が完全に説明されており、心が見透かされているようでした。

 

 愛情を求めているというと、聞こえはよいですが、実態は周囲の人々を振り回し、自分を深く傷つけているだけだということを自覚しました。自分の存在を認めてくれる人との出会いは確かに幸福ですが、その愛情が100%本物で、未来永劫に続くとは誰も約束できないわけです。どこまでも、不安はなくなりませんし、親しくなったからこそ裏切られることへの恐怖が増していきます。

 

 その不安を解消するために、相手の仕草や言動から愛情が揺るがない証拠を見出そうとするものの、逆に、些細なことが見捨てられる予兆のように思われて、捨てられないように何としてでもしがみつくか、傷つく前に自分から切り捨てるかという行動も、もはやいつものパターンになっています。このあたりの思考回路は、以前からなんとなく考えていましたが、分かりやすく言語化されていて、改めて気づくことが出来ました。

 

 以前、自分と関係を持ちうる人全員の細かな仕草や言葉の言い回し一つひとつから、感情や自分に対する敵意を推測しているという話を友人にしたところ、片思い中の恋人にしかしないようなことを全員に対してやってると呆れられました。その例えが適切かは分かりませんが、心情的には近い気がします。

 

 他には、感情のブレーキが外れたような気分の急変動や被害妄想や幻聴について書かれていたのですが、自分の状況と面白いぐらいに当てはまっていて勉強になりました。双極性障害という診断を受けているのですが、同じ気分が数日も持続することはないし、なにより出来事や他人の発言がトリガーとなって気分が急変動し、追い詰められた状況の時には被害妄想が激しくなり、幻聴さえ聞こえるという点では、微妙に診断基準とずれているので、この本の説明の方がしっくりきます。厳密な区分は難しいらしいので、一概に誤診だとは言えませんが。

 

 この本を読んだだけで、満足してしまったのですが、今後に生かすことを一つあげるとするならば、完璧な理想の親代わりを見つけようとしないことですね。今までは、好意を持ってくれた一人を理想化して、ひたすらその人に従属的になり、ふとしたことから裏切られたを感じ、距離を置き、また新しい人を見つけるという繰り返しに陥っていました。この負のスパイラルにピリオドを打ち、自分は自分で、他人に認めてもらえなくても価値がある存在であることを認識し、また依存先を分散して、他にも支えてくれる人がいることを実感する心の余裕を身につけたいなと思います。

 

これだけのことに気づけたので、本の値段分は学べたと信じたいですね。

勉強や研究に必要な本以外も読むことが大事だと感じさせてくれた本でした。

ブログ開設半年を迎えて

 昨年(2017年)の12月3日に、ブログを開設してから、昨日でちょうど半年を迎えた。この記事は、86記事目になる。途中から更新する気力がなくなってきたため、最初の3か月以降は、投稿ペースが大幅に落ちたものの、気づいたら半年も続けていた。

 

 ブログを始めた経緯や最初期にPV数を気にしていたことは、既に他の記事で書いたので、今回は、毎月の記事から当時の心境を振り返ってみる。

 

2017年12月

 ブログのタイトル通り、当初はマイノリティーであることを題材にしていた。これまでの自分の経験から感じていたことを文字に起こすことで、悩んだり苦しんだりしている人の心を動かしたいと思っていた。おこがましい願いだったのかもしれないが、その原点は今も変わっていない。

 

 ただ、いざブログを始めてみると、書きたいことがすぐに尽きてしまった。自分と一切かかわりのない人に向かって、どんな言葉を綴ればよいのか分からなかったし、インターネットの世界には、溢れかえるほどの文章があるのだから、自分でしか書けないことなんて存在しないと思い、虚しくなってきた。ほとんど読んでいる人もいなかったから、途中から更新をやめてしまった。

 

2018年1月

 新しい年を迎えても、ブログを再開する気にはならなかった。話し相手がほしいと思いながら、持て余した時間は、ひたすら読書に耽っていた。

 

 大きな転機となったのが、1月10日だった。自分の寄稿した記事が、外部のサイトで取り上げられたことをきっかけに、PV数が急上昇した。その時の心境をよく表している文を引用してみる。

 

自分の書いた文章を誰かが読んでくれる。意味はよく分からないけど、はてなスターを付けてくれる人もいる。読んだ人がどんな気持ちになったかはしらない。けれど、少なくない人が共感してくれたのだとすれば、書いた意味も生きてきた意味も全てひっくるめて肯定してもらえているような気分になる。

 

 これが契機となって、過去の憂鬱な経験を隠さずに表現できるようになった。自分の弱い部分をさらけ出すことは、かっこよくもないし誇れるようなことでもないが、今も尾を引いているようなネガティブな出来事を、文章の形で昇華し、悪い面もあればよい面もあると捉え返せるようになった。

 

 2018年2月

 この月に、合計投稿数が50記事になる。過去の負のエピソードも底を尽きつつあったので、内面や人間関係について思索を深め、そこで感じたことを記事にするようになった。ブログを書くために、記事を考えていた時期で、手段と目的が入れ替わっていたが、自分の人間性と向き合えた貴重な時間でもあった。

 

 人一倍悔しがったり、何もしていないくせに人を見下していたり、被害者意識にとらわれていたり、といった目を背けがちだった一面に気づくことが出来た。だからこそ、こうした感性が自分のアイデンティティで、生きる原動力にもなっているのだから、そのままの自分でも悪くないと受け入れられるようになってきた。

 

2018年3月

 不安定な気持ちが少し落ち着いたからか、気持ちを文章にせずにはいられない衝動に駆られることが少なくなった。ちゃんと食事をとり、ほどよく人と話し、身の回りのことをきちんとこなす平和な日々を繰り返し、ささやかながら楽しかったことを綴った。念願の京都と奈良観光が実現したことも、幸せな思い出として残っている。

 

2018年4月

 心機一転、能力の限界まで自分を試してみたくなり、成長を徹底的に目指すようになった。連日の睡眠不足で疲れてしまい、3月の安定が嘘のように、希死念慮に駆られていた。丸2日間の休息の末に、身の丈に合わない目標は諦めることにした。その時に、他人のために自分を犠牲にする生き方は向いていないと、つくづく実感した。

 

 新たな試みとして、ジェンダーについての記事も書くようになった。もともと関心があったし、差別をする人にも、自らの正義を疑わずに差別を糾弾する人々にも、違和感を覚えていたので、自分の考えを発表してみたくなったからだ。実感としては、他の記事と比べるとあまり読まれていなさそうだが、評価してくれる人もいるので、今後も続けたいと思う。

 

2018年5月

 月間では最少となる5記事しか投稿しなかったが、どの記事も深く印象に残っている。なにかと忙しく時間がとれなかった関係で、どうしても書かずにはいられないことのみを文章にした。二日酔いで苦しみ、Facebookをみて憂鬱な気持ちになり、五月祭に行こうとして途中で帰るなど、みじめな生活に自己憐憫の情に浸ることもあるが、それも含めて私という人間なんだと感じている。

 

 また、5月は「境界性パーソナリティー障害」という言葉に出会ったことも転機になった。関連する文献を読みおえたので、5月後半の出来事と共に、取り上げていこうと考えている。

 

 人間の成長を一本道で表すとしたら、この半年は前進と後退を繰り返しただけで、元いた場所からほとんど変わらない場所にいる気がする。年相応に成熟しているかと言われれば、自信を持って答えることは出来ない。けれども、経験を積んだことは間違いない。どれほどの時間やお金、つながりを失っても、経験だけは減ることがない。私の経験と他人の経験は、異なる人間である以上、比較のしようもない。

 

 この半年で、成長したかどうかは分からない。それでも、たくさんの経験を積み、私という人間をもっと深く理解することが出来た。半年後の私は、なにを考え、どんなことを感じているのだろうか。その答えを知るために、少し辛抱して生きてみようかなと思う。